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#ラブ米


「はよ〜っす」

「……」


 我らがニ年Cクラスの扉を開けた俺は、誰にともなく緩い挨拶をしながら自分の席に向かった。窓際一番後ろと言う実に見晴らしの良いVIPシートだ。今日も朝日が気持ち良い。


「ふぉっ! ひゃよっす!」

「食いながら喋んなよ、行儀悪い。……いやてか食うなよ。一限目も始まってないのに早弁過ぎだろ」


 そんな俺の爽やかな気分を台無しにしたのは、一つ前の席でムシャムシャとおにぎりを頬張っている大柄な男子生徒。

 サイドと襟足を刈り上げた短髪が如何にも体育会系と言う雰囲気で、正直苦手な人種なのだが、不思議と仲はそれほど悪くない。


「んぐっ、んぐっ、ゴク……ふぅ。しゃーねぇだろ? 朝練後は腹減るんだから。おにぎりくらい食わなきゃ授業に集中できねぇってもんだ」

「居眠り常習犯がよく言う。朝っぱらから二個も三個もそんな炭水化物の塊食うから、血糖値上がって爆睡する羽目になるんだろ」

「お前さんこそ朝っぱらからぐちぐち理屈捏ねんなよ。それこそ眠くならぁ。なあ、お姫ちゃん?」

「……」

「ん? あ、もう喋って良いぞ。姫宮」


 律儀にずっと黙っていた彼女、『姫宮ひめみや かなで』は、俺たちの方を見ることもなく鞄の中身を机の中へ移しながら、コクりと頷いて口を開いた。


「全国大会に行くような強豪校の野球部でもないのに、授業中の集中力を犠牲にしてまで朝から練習する価値、あるの? あと、その呼び方やめてって何度も言ってるでしょ、“お猿君”。次呼んだら通報するわよ」

「ぐはっ!? くぅぅっ! 開口一発目から眠気も吹っ飛ぶ切れ味だなぁ〜! 何かに目覚めちまいそうだぜ」

「一生寝てろ」

「いてっ」


 毒舌と言うのも生ぬるい一撃必殺の抜刀術のような強レスに、お猿こと『猿渡さわたり 健友けんゆう』が何故か嬉しそうに仰け反ったので、取り敢えずシバいといた。

 だが、彼は気にした様子も無く、いつも通りヘラヘラ笑ってわざとらしく俺と姫宮へ交互に視線を向ける。


「相変わらず良いコンビ、いや、カップルだねぇ〜お二人さん。今日も朝からお熱いランデブー登校かい?」

「そのオッサン臭いからかい方はどこで覚えて来んだよ……。熱いどころか、バスの中が絶対零度の空気になって凍えるかと思ったわ」

「そう?? 冷房なんて付いていたかしら……」

「マジかお前。いや、マジなんだろうな……。うん。俺が悪かった。今日も楽しい登校時間だったよ」

「私はそうでも無かったけど、瀬羽君が楽しかったなら良かったわ」

「ありがとよべらんめぇこんちくしょう!」

「お〜い、俺の江戸っ子が伝染ってんぞ〜」


 生温かい目で俺たちを見る猿渡にもイラッとしつつ、俺……『瀬羽せわ 翔兎しょうとは、少し乱暴に椅子を引いて腰を下ろした。

 因みに、俺の見た目には特筆する所は何も無い。強いて言うなら髪の色素がやや薄い焦茶色で、メガネを掛けている事くらいだろうか。



「今日も馬鹿と暴言女の相手で大変そうだねぇ〜? “お世話掛さん”?」



 ……と、そんな俺の後ろから、悪意たっぷりの声で一人の女子が話し掛けて来る。


「お前こそ、今日も必死に背伸びしたギャルのモノマネ大変そうだな。高校デビューも二年目だと中々板に付いてくるもんだ」

「ちゃ、ちゃうし!? ウチはもともとイケイケのギャルやったもん!!」

「強キャラ感出して話しかけて来た癖に、化けの皮剥がれんの早過ぎだろ。あと口調、戻ってるぞ。早河」

「んぐっ!?」


 如何にもイジメっ子みたいなテンションで話しかけて来たこのギャル(笑)は、『早河はやかわ はるか』。

 緩く巻いてポニーテールに纏めた亜麻色の髪や、短く折って太ももが露わになっているスカート丈は如何にも一軍ギャルと言った風貌だが、残念ながら中身はインキャの自己肯定感低い系高校デビュー女子だ。その証拠に、少し言い返されただけでこのザマである。ごめんな。誰かさんに鍛えられてるお陰で俺もそこそこレスバは強いんだ。

 ああ、あとついでに、彼女の両親と一緒に暮らしている祖母は関西出身の人で、素が出ると関西弁になる。イケイケとか言う古臭い表現も、お婆ちゃん子故かもしれない。

 ところで、何故俺が早河の事情にこれほど詳しいかと言うと……


「まあまあ、瀬羽の兄さんよぉ。そう、つっけんどんになりなさんな。早河ちゃんはなぁ、幼馴染の兄さんがお姫ちゃんに取られて、妬いちまってんのさ。よっ! この色男!」

「ふぁっ!? ち、ちゃちゃ、ちゃうし!? ちゃうからね!? ショウちゃん!?」


 そう。俺とこのギャル(哀)早河は、使い古され過ぎて最早逆に一種の伝統芸とすら思える関係、幼馴染なのである。使い古されてるとか言ってごめんなさい特定の作品に対する悪意はありません。……まあそんな余談はさておき、残念ながら猿渡が言うような少女漫画的ロマンスは、俺とコイツの間ではあり得ない。


「はいはい知ってるよ。と言うか、いちいちこのトンチキ江戸っ子被れの言うこと間に受けるなよ。真面目に相手するだけ無駄だぞ。あと、高校からはお互い苗字で呼び合うんじゃなかったのか? “早河さん”?」


 そう。高校デビューの為、俺との関係を周囲に知られたくないと距離を置いたのは彼女の方なのだ。だから、実は俺の事を好きだったとか言うご都合展開はあり得ない。


「うっ……そ、そうだよ。だから、勘違いしないでよね。シ……瀬羽」

「へいへい」


 何時代のツンデレだよとツッコミたかったが、流石にこれ以上イジるのは可哀想なので、大人しく頷いといた。


「早河さん。それ、何時代のツンデレ?」

「言っちゃうか〜」


 俺の気遣いを粉砕する安定のノンデリ上手の姫宮さんにはツッコまずにはいられなかった。


「う、うっさいこの暴言女! 瀬羽が、お世話係が居なきゃ学校にも来れない癖に!」


 早河がしつこく『お世話係』と俺を揶揄するのは、コミュニケーション能力に難がある、と言うよりズバズバ言いたい事を言ってしまう姫宮のフォローを俺がよくしているから、苗字の読みにも掛けてあだ名のように影で呼ばれているからだ。

 甚だ遺憾である。俺は係として世話させられている訳じゃない。好きで甘やかしているのだ。言葉の小さな解釈違いですら時として人を傷つける現代に於いては、もっとニュアンスに気を付けて欲しい。


「来れないんじゃなくて、来る気が無いだけよ。私は学校に通う意味も価値も感じていないもの。瀬羽君が毎日迎えに来るから、仕方なく登校しているだけ」

「なっ……!? 何よそれ!? マウント取ってるつもり!?」

「何をそう感じたのか知らないけど、私は思っている事を言っただけよ。あああと、さっき猿渡君の事を馬鹿って罵っていたけど、校則を破って髪を染めたり制服を着崩したりしている貴方の方が、私には彼より馬鹿っぽく見えるわ」

「こ、このっ!? ほんとアンタってムカつくっ……っっ!?」


 と、ヒートアップして今にも掴み掛かりそうな勢いで姫宮の方へ踏み出そうと早河だが、突然両脇から腕をガシッと絡められて動きを止めた。


「はいは〜い。朝のラウンドはここまでね〜」

「続きはお昼休みにしようねぇ、ハルちぃ〜」

「ちょっ!? 私はまだぁっ!?」


 早河を止めたのは、彼女がいつも三人組でつるんでいるギャル友達の二人だ。

 ご覧の通り中身はモロバレだが、結果的にそれが一軍女子達に可愛がられる要因となり、彼女の高校デビューは見事成功した。まあ、モデルをしている母親譲りで容姿は元々良いし、どことは言及しないが、高校生になって一段と女性らしく成長したスタイルも人目を惹く。カースト上位のお眼鏡に叶うポテンシャルはあったと言う事だろう。


「相変わらず、嵐のような人ね。彼女」

「お前は地震みたいだけどな」

「?? どういう意味?」

「色んな意味で震えるって事だよ」

「そう。ありがとう」

「お、おう……」


 全く褒めたつもりは無いのだが、喜んでるみたいだから訂正はしないでおこう。


「いやいやぁ本日も朝から圧巻のキャットファイト、あざっす!」

「猿渡お前……まさかアレが見たくてわざと煽るように仕向けたのか?」

「へへっ。喧嘩と火事は江戸の華、なんて言うけどよ、ウチのクラス、いや学年最高の美少女二人の喧嘩だぜ? 正に華同士が火花散らすってんだ。拝まなきゃ損ってもんだろ? 実際、最近はもう名物扱いだしよ」

「知ってたけどやっぱ最悪だなお前」


 そう、この猿渡という男。見た目は如何にも体育会系男子で、実際そうなのだが、どうも性根が腐っていると言うか、一種のサイコパス的な一面を見せる所があるのだ。


「いやいや、そうは言うけどよぉ瀬羽の兄さん。どっちかってぇと、煽ってんのはお前さんの方じゃないかい?」

「は? 俺は何もしてないだろ」

「ははっ、こりゃ重症だねぇ」


 呆れたように笑いながら、やれやれと肩を竦める猿渡。殴りたい、この笑顔。


「そう言や、お姫ちゃんよぉ。さっきは珍しく俺のこと庇ってくれたっつうか、引き合いに出してくれたじゃねぇの。どう言う風の吹き回しだい?」

「もしもし警察ですか?」

「ちょぉっ!? 待った待ったぁ!?」


 ごく自然な動作でスマホを耳に当てた姫宮を、猿渡は慌ててすっ転びそうになりながら止めようとする。


「冗談よ。でも、その呼び方はやめて」

「お、お姫……あ、いやマジですいません。でも姫宮がやると、冗談に聞こえないんだわ」


 だが、姫宮が通話アプリも何も開いていないスマホのホーム画面を見せると、腰を抜かしたように席に座り込んだ。


「失礼ね。意味も無く友達を通報なんてしないわ」

「ははっ、そりゃありがてぇ……って、ん? んん?」


 そして、何気なく彼女が口にした一言に、珍しくいつものヘラヘラ笑いを引っ込めて硬直した。


「何?」

「え? あ、ああ〜いや、お姫、じゃなくて姫宮さん? 俺の聞き間違いじゃなきゃ、今、『友達』って言ってくれたかい?」

「ええ。さっきのことも、早河さんが友達の貴方を罵ったから、腹が立って反論しただけよ」

「へ、へぇ〜〜、そう、かい。いやぁ、こりゃまいったねぇ……」


 猿渡は挙動不審に頭を掻くと、「調子が狂っちまわぁ……」なんて呟きながら、頬を淡く染めた。キモいから早くいつも通りのヘラヘラ笑いに戻って欲しい。


「……もしかして、違った? いつも楽しそうに話しかけて来るから、てっきり友達なのだと思っていたんけど」

「え!? いやいやっ! 何も違わねぇよ! 俺たちはその、あれだ……友達です」

「少女漫画か。ゴリラみたいなガタイのスポーツ刈りヒロインとか何処需要だよ」


 妙な空気に耐えかねて思わずツッコんでしまった。仕方がないだろ? これ以上吐き気が我慢出来なかったんだ。


「いやぁ姫宮はホントにストレートだねぇ……。思わずクラっと来ちまいそうだったよ」

「どうせ寝るんだからそのまま気絶しとけ」

「まあまあ、そう妬くなって兄さん。心配しなくてもお前さんのお姫様を取ったりしねぇよ」


 本当だろうな? 指一本でも触ったら殺すぞ?


「指一本でも触ったら殺すぞ?」

「思考が漏れてるぜぇ強火彼氏。そういや、姫宮よぉ? 俺の事では怒ってくれたけど、瀬羽の兄さんが『お世話係』って言われてることには怒らないのかい?」

「それはただの事実じゃない」

「初耳なんだが。と言うか、世話されてる自覚はあるのか」


 いつの間にそんな事実が存在したんだ……。


「だって、瀬羽君は好きでしょ? 私のお世話を焼くの。彼が自分から進んでしている事を今更言葉にされた所で、怒る理由が無いわ」



 ……守りたい、この無表情。



「かぁ〜っ! 堪んねぇな! こりゃ飯でも食わなきゃやってらんねぇや!」


 額にペチンッ! と手を当てると言う古臭さ極まるリアクションをした猿渡は、新たなおにぎりを取り出して齧り付いた。

 そして、朝礼の為にやって来た先生にシバかれた。ざまぁ。


お読み頂いた皆様、ありがとうございます。

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