#それは誰が為の物
何だかんだで、雑談にしても雑過ぎるトークを夕方まで楽しんだ俺達(主に楽しそうだったのは姫宮だけ)は、喫茶店を出て帰路に着いた。
「今日は皆ありがとう。久しぶりに君達の顔が見れて嬉しかったよ。姫宮さんも、良かったらまた気軽に来て下さい」
マスターは好々爺の微笑みを浮かべて俺達を見送った。……それっぽく良い感じに締めようとしてるけど、散々ボケ倒された後だと全く渋く見えないんだよなぁ。
「ええ。また是非。今度は一人で伺います」
「そこは俺と一緒で良くない?」
「アンタらしれっと私を邪魔者扱いしてるけど、今日一番の被害者だからね?」
俺にも見せた事の無い可憐な笑顔で、姫宮はマスターに社交辞令とは思えない言葉を返す。 なんて事だ……俺の生活圏に彼女が通う事になるとは。取り敢えず、思い当たる限りの黒歴史をリストにしてマスターに口止めしなければ。何だその作業。拷問かよ。
「あー……じゃあ、えっと、早河? 大丈夫そうなら俺は……」
「瀬羽君。私はタクシーで帰るから、早河さんを送ってあげて」
「っ……!」
俺の言葉を遮った姫宮は、有無を言わせぬ口調で淡々とそう命じる。……いや、違う。俺が言わせたんだ。
純粋で高潔な彼女が、体調に不安のある早河を放って、自分を優先させる訳が無い。そんな事分かっていた。分かっていて、俺は『姫宮を優先した』と言うポーズを取ったのだ。そうする事で、『彼女を最優先する彼氏』と言う体裁を取り繕おうとした。彼女にも、自分にも。
何を、自惚れているんだろうか。姫宮は俺の事なんて、都合の良い道具程度にしか思っていない。そう思われるように、自分で仕向けた。だと言うのに……一瞬でも嫉妬を期待するなんて、浅ましいにも程がある。
「は? いや、私は別に……」
「早河さん。あなた達は帰る方向が同じなんだから、自然な事でしょ? 変な遠慮はしないで。それに、瀬羽君じゃボディーガードにも心許ないし。心配しなくても、タクシー代は後日きちんと彼に請求するわ」
「何よそれ。大人ぶっちゃって。ふんっ!」
「男の矜持を傷付けられた上に金まで取られんのかよ……」
大丈夫だ。姫宮も早河も気にしてない。俺の一人相撲だ。いつも通り、平凡でつまらない『瀬羽 翔兎』で居れば良い。
「それじゃ。さようなら」
どこか満足げな顔でそう告げて、姫宮は大通りへタクシーを拾いに行った。この時間は駅へ向かう車両も多く、すぐに捕まるだろう。まだ日も暮れていないし、人目もある。心配する必要は無い……筈だ。
それにしても、俺と二人の時より、早河と一緒にいる時の方が表情豊かだった気がするな。悔しいような、喜ばしいような。複雑な心境だ。
「……何よ。そんなに気になるなら、あっち行けば良かったじゃん」
「え? ああいや、あいつは大丈夫だよ。俺なんて居なくても、一人で何とでも……っ、いや、まあとにかく大丈夫だ。お前は余計な心配すんな」
無意識に姫宮の背中を目で追っていた俺は、拗ねたように唇を尖らせた早河に不意を突かれ、思わず余計なことまで口走ってしまう。
「ふーん……(だから、好きになったんだ)」
「は?」
ボソボソとイマイチ聞き取れない声で何事かを呟いた早河に思わず間抜けな声で問い返すが、彼女は何も答えず、勝手に歩き出してしまう。
「ほら、帰るんでしょ? お腹空いたし、さっさとしてよね」
「あ、ああ……って、いやお前、さっきパフェ食ったばっかだろ」
「甘い物は別腹! 言わせんな、馬鹿!」
「どこで乙女ぶってんだよ……」
すっかりいつもの調子を取り戻した早河の後に続いて、俺はとぼとぼと歩き出す。
この辺りは特に開発も進んでいない住宅街で、夕暮れの帰り道は昔と変わらない筈なのに、どこか新鮮な景色に見えた。
それはきっと、俺と彼女の立ち位置が、昔と逆だから。
『ほら、そろそろ帰るぞ、ハル。遅くなったら、おばさん達が心配するだろ』
『で、でも、ウチ、まだショウちゃんと遊びたいんやもん……』
ワガママなのは相変わらずだが、オドオドしてるくせに甘えんぼで、放っておけなかった、あの頃の弱いハルはもう居ない。
なのに、少し体調を崩した姿を見せられただけで、俺は酷く動揺した。泣き顔を見て、心が乱された。
『ウチ……私、高校からは瀬羽と距離置きたい』
そう言われた時、心の底から“安堵”した癖に。
本当は、自分の方こそ彼女と離れたかった。
けれど、突き放す勇気も無くて、欺瞞の絆を大事にしているフリをしていた。
そんな奴が今更、幼馴染ぶって心配する資格なんて、ある筈が無い。
「何ぼ〜っとしてんの?」
「いや。久しぶりに行ったけど、マスターが元気そうで良かったなって」
俺が隣に並ぶまで待っていた早河に伺うような目で顔を覗き込まれ、咄嗟にどうでも良い話題を口にする。ごく自然な間で、本当にそんな事を考えていたように。
自分でも呆れる程、彼女に嘘を吐く事に、慣れている。
「良くないわよ。久々に顔見て早々からかってくるとか、元気過ぎでしょ。おまけに姫宮にはデレデレしちゃってさ。確かにあのワンピは腹立つくらい似合ってたけど、良い歳こいて恥ずかしくないのかっての」
「お前、何気に姫宮の容姿に関しては素直に褒めるよな」
「うっ……だって、可愛いもんは可愛いし。悔しいけど私じゃ、ああいう感じのワンピとか似合わんし」
「そうか? 普通に着れるだろ。サイズは違うだろうけど」
「最後の一言が余計よ! ……まあ、実際そこが問題なんだけど。仮にサイズが合ったとしても、その、清楚な感じにならない、と言うか……」
「……なるほど」
恥ずかしそうに俺に背を向けながら言い淀んだ早河の様子で、何となく察した。
身長とかは勿論、どことかどことは明言はしないが、姫宮のような可愛らしいサイズと、早河のように迫力のあるサイズでは同じ服を来ても印象が変わるだろう。ましてや、夏物のワンピースなんてシンプルなデザインの服であれば尚更。
具体的に例えるなら、姫宮が着ると『朝ドラ女優』のように清楚可憐な印象で、早河が着ると『グラビアアイドル』のようにセクシーな印象になる。
「ま、お前は着ない方が良いかもな。似合いはするだろうけど、飢えた男どもには目の毒だ」
「な、何よその言い方。彼女持ちのくせに」
「一般論だよ」
幾ら距離を置いたとは言え、知り合いの女の子がしょうもない男にイヤらしい目で見られると言うのは、あまり気分が良くない。見られるだけならまだしも、手を出そうとする輩だって居るだろう。防犯意識を持つよう注意するのは、幼馴染でなくとも当然だ。
「つっても、それ言い出したら今日の格好もどうかと思うけどな。せめて何か一枚羽織るとか、露出抑えた方が良いんじゃないか?」
ピチピチのTシャツにショートパンツと言うのは、それこそナンパ待ちのギャルのような格好だ。俺やマスターの爺さんに会うくらいならまだしも、街に出る時はもう少し大人しい格好にしないと、実際はともかく印象として軽い女に見られかねない。
「彼氏通り越してお父さんみたいになってんだけど……。私だって、いっつもこういう服着てるわけじゃ無いし」
「じゃあどんな時に着るんだよ?」
「っっ!? そ、それは、その……あれよ、近所だから! 別にちょっとくらいラフでも良いかなって!?」
「何だよ。結局俺と同じ発想じゃん」
「う、うっさい! 一緒にすんな! アンタみたいにダサくないし! ふんっ!」
「へいへい」
まあ、元々はウチに弁当持って来るだけのつもりだったんだし、単に涼しくて楽な格好をしてたんだろう。
「そうこう言ってる間に着いたな。じゃ、また学校で」
「あ、ちょっ……」
数十メートル手前から見えていた早河の家の前を、俺は立ち止まらずに通り過ぎる。どうせ明日もクラスで顔を合わせるし、それこそ付き合ってるわけでも無いのだ。丁寧に別れの挨拶をする必要も無い。
「あら、もう帰っちゃうの? 翔兎くん」
……と、思っていたのに、耳にこびり付くようなその甘やかな声音が、俺を引き留めた。
「ママ!?」
「……どうも」
早河も母親が出て来るとは思っていなかったのか、玄関の方を振り返って目を丸くしていた。
「ごめんなさい。驚かせちゃった? 窓から二人が歩いて来るのが見えた物だから、出て来ちゃった。翔兎くん、今日はご両親居ないんでしょう? せっかくだから、ウチで晩御飯食べて行ったら?」
早河とよく似た、されどより強い母性と色香を纏った顔で、彼女は茶目っ気たっぷりに微笑んで俺を見る。
「せっかくですけど遠慮しときます。貰った弁当もまだ食って無いんで」
勤めて丁寧に、されど早く帰りたいと言う意思は明確に態度で示しながら、俺はその提案を断る。
「お弁当なら、明日の朝ごはんにすれば良いわ。丁度、ハンバーグが焼き上がった所なの。翔兎くん、好きだったでしょう?」
「そうでしたっけ。最近は好き嫌いしてないんで、良く覚えてません。申し訳無いんですが勉強もあるんで、今日のところは」
気分を害した風も無く柔和な態度を崩さない早河の母親の顔を、俺は意識して見ないようにしながら、淡々と断りの文句を口にする。……そうしていないと、今にも舌打ちが漏れそうだったから。
「高校生になったからって、他人行儀にしなくても良いのよ? ……少し前までは、よくうちで一緒に遊んだじゃない」
「っ……!!」
彼女の声を聞けば聞くほど、俺は背筋が泡立ち、無意識に拳を握りしめていた。
けれど、これ以上その感情を表に出す訳にはいかない。
早河に、ハルに、見せる訳には。
「……あの、本当に時間無いんで、失礼します。じゃあな、早河」
「あ、うん……」
お辞儀をしてすぐ背を向けた俺に、早河は戸惑いながら頷いた。
「そう……じゃあまたね? 翔兎くん」
「………」
甘やかで、慈愛に溢れたその声を振り払うように、俺は早足で曲がり角の向こうにある自分の家へ帰った。
ねじ込むように鍵を差し込み、乱暴に扉を開け放って玄関に入ると、転がる事も構わず靴を脱ぎ捨てる。
ドタドタと忙しなく洗面台に向かい、手と一緒に顔をバシャバシャと洗って、雑巾掛けでもするようにタオルで拭った。
「っはぁっ! はぁっ、はぁ……」
やっとの思いで吐き出した息は荒く、何度か大きく肺を膨らませては戻し、やっと落ち着く。
「……いつまで引きずってんだ。くそったれ」
鏡に映る情けなく青ざめた自分の顔を見て、悪態が零れ落ちる。
全ては、もう終わった事だ。
今日はたまたま早河と一緒に過ごしたが、彼女の方から距離を取りたいと言ったのだから、今後は………っ!
「……違う。“たまたま”じゃ、無い」
上手く力の入らない足を無理やり動かして、俺は台所に移動した。
冷蔵庫を開け、つい数時間前、早河から渡されたタッパーを手に取る。
「はっ……ははっ。まんまと餌に食い付いたんじゃねぇか。アホ過ぎるだろ」
蓋を開け、出来過ぎなほどバランス良く盛り付けられた中身を、俺はゴミ箱に投げ捨てた。
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