#テンプレイベントは何処に。
「はぁ〜。やっぱ、予備校とか行った方が良いんかね……」
姫宮と図書館に行った次の日、俺は家で一人セコセコ勉強しながら、誰にともなくため息を吐き出した。
勉強自体は好きでも嫌いでも、得意でも不得意でも無い。やらなければ出来ないし、やればそこそこ出来る。今の所、頑張れば地元の国立大に行ける程度の学力だ。
けれど、姫宮は違う。本人はさして誇らしそうにもしないが、アレは天才とかギフトとか呼ばれる類の頭脳を持って生まれた人種だ。テストで七、八割の点数を取るだけなら教科書に目を通すだけで十分。学校から出された課題をこなせば九割以上は固く、それなりに自習も怠らなければ全国模試上位に顔パス常連レベル。
賢い大人達は勉強なんてやれば誰でも出来る、勉強程度の努力も出来ない奴は社会に出ても何も出来ない、なんて気軽に言ってくれるが、『出来る』と言う言葉はあまりに曖昧で、幅があり過ぎるのだ。
フリーターが汗水垂らして時給千円稼いでも、大企業の経営者が政治家と酒を飲んで何十億と稼いでも、それは両方金を稼ぐと言う事が『出来ている』。けれど、世の中は前者を『出来ない大人』、後者を『出来る大人』と区切りを付ける。これは仕方のない事だ。
どう綺麗事を並べても、どん底から這い上がった成功者の美談を聞かされても、結果論として、『出来ない人間は出来なくて、出来る人間には出来る』と言う以上の答えなど無いのだから。
何が言いたいかと言うと、俺がどう頑張った所で、姫宮の学力には追いつけない。
なりふり構わず全ての時間を勉強に注ぎ込めば、何とか同じ大学には行けるかもしれない。
けれど、残された高校生としての時間は約二年半。彼女の側に居られる時間を削るのは、余りにも惜しい。何より、『彼氏役』と言うフィルターの機能を果たせない俺は、彼女にとって存在価値が無い。それでは本末転倒だ。
「もしくは、他の手段を考えるか……とは言え、姫宮に進学先のレベルを下げて貰うのは論外だし、裏口入学に使えるほどの金もコネも無い。さて……」
『ピンポーン』
と、集中力の切れた頭で逃げの思考に沈み始めたその時、来客を知らせるドアベルが響いた。
父は出張中で、母も不定休の仕事をしていて今は留守。つまり、家には俺しかいない。
「……よし。シカトだな」
通販の宅配なら親は自分達が居る日に届け日を設定するか受け取りを俺に頼むだろうし、それ以外なら大概はネット回線だの何だのの営業だ。後者なら俺が出る意味は無い。
『ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン』
「しつこいな……」
営業ノルマでもあるのか、余程切羽詰まっているようだ。だが話を聞いた所で俺は力になってやれないし、そもそも見ず知らずの他人の助けになりたいとも思わん。シカトだシカト。
『ピンポーン、ピンポーン、ピンポピンポピンポピンピンピンピンピンポーン』
「うるっせぇな!?」
遂には無駄にリズミカル連打までし始めた。何だコイツ? 集中が途切れていたとは言え、健全な高校生の勉強を邪魔するような輩には、いくら温厚な俺でも流石に文句の一つでも言ってやらねば気が済まん。
俺は自分の部屋から出て、ドタドタと無駄に大きい足音を鳴らしながら玄関に向かい、乱暴に扉を開けた。
「近所迷惑とか考えないんですか? そんなだから契約取れないんで、しょ……?」
「遅い。てか、契約って何?」
俺が半眼で睨んだ先に居たのは、予想していたスーツ姿のサラリーマンでは無く、ピチピチのTシャツを着て何故かタッパーを持っているギャルだった。化粧も相まって、不機嫌そうな顔がやけに迫力がある。
「は、早河? 何やってんだよお前?」
「これ。ママが持って行けって」
彼女は押し付けるように、手に持っていたタッパーを差し出す。中身は煮物とか卵焼きとか、弁当仕立てになっている食事のようだ。
「いや、いらないけど」
「今日アンタんち親居ないんでしょ? だから……って、は?」
「じゃ、そういう事で」
俺はさっさと会話を切り上げて、ドアを閉めようとノブに手をかける。……が、同時にサンダルを履いた早河の足がガッと玄関に差し込まれた。
「ちょっ!? 待ちなさいよ! 何で人の厚意を問答無用で断ろうとしてるわけ!?」
「何でって、普通に気持ち悪いからだけど……」
「なっ!?」
「今時、ご近所付き合いで手作りの差し入れとか無いわ。衛生観念とかどうなってんの? 大体、ガキの頃ならまだしも、俺もう高校生だぞ。他人の親に面倒見て貰う義理なんて無いし、うちの親だって世間話のネタにしただけで、わざわざ頼んで無いだろ」
「あ、あんた、あの毒舌女の生き霊でも憑いてんの? 幾ら何でも、そんな言い草……」
ワナワナと怒りに身を震わせる早河に、俺は肩を竦めて溜息を吐く。
「百歩譲って、お前と俺にまだ昔みたいな付き合いがあるなら分からんでも無い。けど、今はクラスが同じだけで赤の他人なんだから、親ならもっと配慮するべきだ。お前だって、それ持って行けって言われた時、おかしいと思わなかったのか?」
「そ、そんなの、ママは知らないし!」
「いや知らない訳無いだろ。中学までアレだけ俺にベッタリだった娘がいきなりギャルになったかと思えば、別の友達としか付き合わなくなったんだから、普通は直接言われなくても察する」
「ベベッ、ベッタリとか!? ちょ、自意識過剰やろ!? ウチだって、ショウちゃん以外の男友達とかおったもん!」
一人でヒートアップしていく早河に冷めた目を向け、俺は強引に話を終わらせる。
「あっそ。悪かったな勘違いして。じゃあ世話された記憶も何も無いただ近所に住んでるだけの男子に、親の手作りとか怪しい物もう持って来んなよ。迷惑なだけだから」
「っっっっ……何で? ウチが、ショウちゃんと距離置きたいって言ったから? だからって、ご飯持って来ただけで、そんな酷いこと言わんでも良いやんっ」
「はぁぁ……あーもう、面倒臭ぇ」
何をどう考えたらそんな発想になるのか、勝手に自己完結して遂には涙ぐみ始めた早河に、俺は深いため息を吐き出す。
「もう良い分かったって。それ受け取れば大人しく帰るんだな?」
「ぐすっ……無理。目、腫れちゃったし、このまま帰れない」
「じゃあどうしろってんだよ……」
ただでさえどうにもならない勉強に四苦八苦してるのに、余計な面倒ごとなど抱えたくは無いが、一応こんなでも幼少期を共に過ごした幼馴染だ。この状態でその辺にポンと捨てとくのは心が傷む。
「お茶、飲ませて」
「………家に上げろと?」
「ん」
「ちょっと待て」
問答無用と言わんばかりにぐいっと中へ入ろうとする早河の肩を、俺は更にぐいっと押し返した。
「何よ、今更。前は普通だったでしょ」
「俺たちの関係性とかはこの際脇に置いとくとしても、家は駄目だ。これでも今は彼女持ちなんでな」
「うっ……」
「五分で支度して来る。その辺の喫茶店に連れてってやるから、それで勘弁しろ。あと、姫宮には一応連絡するからな。まあ、ダメとは言わないだろ」
姫宮が俺に独占欲を抱いているとは思わない。ただ、『彼氏役』である以上、周囲に誤解を招くような真似は極力避けるべきだ。
本来ならたかが喫茶店でも女子と二人で外出するのは好ましく無いが、一応は幼馴染と言う関係性があるし、彼女に事前に連絡した上でなら、後から何とでも言い訳が立つだろう。
仮に悪意ある噂が流れたとしても、早河は一応カースト上位のグループだ。周囲のギャル達にも可愛がられているようだし、その発言力で何とでも出来るだろう。
「さて……お、珍しいな。すぐ既読が付いた」
適当に選んだ服を引っ掛けながらスマホで姫宮にメッセージを飛ばすと、意外にもすぐに返信が来た。
『そう。ごゆっくり』
「………んん? 何か含みがあるような……ははっ、いやいや。姫宮に限ってそれは無い。メッセージだと顔が見えないから、余計なことを考えて良くないな……ん?」
『因みにその喫茶店、チーズケーキはあるのかしら?』
「何だこの質問? まあ良いか……『ああ。結構美味かったと思う』、と」
『そう。楽しみにしてるわ』
「んん〜? ……買って来いってことか? まあ他の女子に時間割くんだし、詫びって訳でも無いけど、多少の配慮は必要か」
確かに、ケーキを手土産にご機嫌取りと言うのは、如何にも普通のカップルらしい。
姫宮もメリットを感じてくれてるのか、意外と『カップル設定』に協力的なんだよな。
「ねぇ〜? いつまで待たせんの〜?」
「うるさい。てか入って来んな」
玄関から聞こえた不満げな声にいい加減な返事をして、俺はスマホをポケットにしまった。
………どうでも良いけど、彼女とスマホでやり取りしながら家に来たギャルを雑にあしらうとか、浮気してるテンプレクズ野郎みたいで何か気分悪いな。
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