#図書館では基本お静かに
「姫宮。俺達が付き合ってもうすぐ三ヶ月になるが」
「エッチな事ならしないわよ」
「ち、違わいっ!」
「何その口調……」
週末の真っ昼間。まだ慣れない初夏の暑さから逃れるように、俺と姫宮はエアコンの効いた市民図書館で勉強していた。
お互い一区切りついたタイミングで、休憩がてら軽い雑談をしようと、俺は彼女に話しかけ……たのだが、相変わらずの切れ味抜群のレスバに思わずたじろいでしまう。
多少の罵倒ならともかく、図書館というどこか聖域のような場所で、まさか彼女の口から『エッチ』などという魅惑の強烈ワードが飛び出すとは、流石の俺も予想出来なかったぜ……。
しかも、今日の彼女は季節に合わせた薄着だ。大事な事なのでもう一度。薄着だ!
キャミソールの肩紐が見えるほど首元がざっくり開いたTシャツに、シースルーのカーディガン。下は膝上丈の短めなデニムパンツにローカットのスニーカー。清楚な印象の邪魔はせず、かつ華奢でありながら上品に主張する女性らしいラインをこれでもかと活かす完璧なサマーコーデ。女子は何故かキャミソールをTシャツくらいに思っているが、男子の認識では下着も同然だ。何なら俺は水着よりエロいと思ってる。ありがとうございます。
ともあれ、そんな格好で『エッチ』なんてワードを口にすれば、お年頃真っ盛りな健全男子代表たる俺は反応せざるを得ないのである。気持ち悪くてごめんなさい。
「気持ち悪い」
「気持ち悪くてごめんなさい!」
極力表情には出さないよう努めていたつもりだが、あっさりバレた。俺に対する彼女の理解度が高い。嬉しすぎて泣けてくるなぁ。
尚、これだけ好き放題雑談していても怒られないのは、シンプルにこの市民図書館が不人気で、俺たち以外には司書さんしか居ないからだ。夏休みに入ればもう少し学生が増えるかもしれないが、今の所は誰にも邪魔されず、かつ金も掛からない俺たちにとって丁度良いデートスポットになっている。まあ、デートだと思ってるのは俺だけなんだが。
「そ、そういう話じゃなくてだな、それなりに一緒に居るわけだし、少し突っ込んだ事を聞いても良いか確認しようと思っただけだよ」
「そういう話じゃない。突っ込んでも良いか確認するなんて」
「お前意外と下ネタ好きだよな!」
「冗談よ。ふふっ」
俺の慌てふためく姿がよほど面白かったのか、姫宮は珍しく愉快げに笑った。彼女は位置的に司書さんの方へ背を向けているし、周りには学校のように他の人も居ないから、気が緩んでいるのかもしれない。可愛い。
「それで? 視線はともかく言葉でセクハラするつもりは無さそうだから、一応聞くだけ聞いてあげるわ」
「悪かったな有害な視線で。極力顔以外見ないようにするよ……。ええと、俺らって高校で初めて会っただろ? だから、中学時代の話とか聞きたいなって」
「っ! ……意外ね。貴方は過去とかあまり気にしない人だと思ってたわ。もし聞かれるとしても、わざわざ確認なんてせずに、いつもの調子で口車に乗せてサラリと聞き出して来ると思ってた」
「流石にそこまでノンデリじゃねぇよ……。てか、口車って何だ。人聞き悪いな。別に、お前が過去に何かやらかしてたり、元カレとか居たとしても、俺の好意が揺らぐ事は無い。極論、犯罪者だったとしても好きになった自信がある。ただ単に、好きな子の事を知りたいって純粋な興味だ。……まあ、元カレは居たら嫌だけど。それでも情報としては知っておきたい」
「……ふーん」
最後に弱音なのか強がりなのかよく分からない事を付け足した俺を情けないと思ったのか、姫宮は視線を斜めに逸らして気の無い声を漏らす。ごめんね。格好良い彼氏じゃなくて。
「別に、今と大差無かったわ。面倒だったけど仕方無く学校に行って、主に同性を中心に嫌われて、三年間クラスで浮いたまま卒業した。まあ、ごく稀に私の言動を気にしない人も居たから、たまに会話くらいはしていたかもしれないけど、基本はその程度ね」
「なるほど……。失礼ながら予想通りで安心したようなそうでもないような複雑な心境だ」
「あら、安心して良いの? “元カレが居なかった”、とは、言ってないけれど?」
「ちょっと待て全然安心できないそこんとこ詳しく」
淡々としていながらどこか嗜虐的な眼差しを向ける姫宮に、俺は思わず身を乗り出して問い詰める。
「別に話しても良いけど、意味があるの? ここで私が元カレは居たと言っても居なかったと言っても、貴方は真実を確かめようが無いじゃない。それとも、無理矢理私を裸にして、肉体関係があったかどうかだけでも確認してみる? まあその場合は普通に通報するけど」
「くっ!? 何て事だ!? 本人の口から可能性を示唆されただけでこんなにも心乱れるとは!? しかも、最悪な想像までさせるオプション付き、だと……。姫宮、言っておくが俺はその想像で興奮出来るほど性癖歪んで無いぞ!」
「私から振ったから咎めないけど、結局言葉でもセクハラしたわね」
「何たるトラップ!?」
昨今のコンプラ事情を省みると、誘導されたとしても今の発言はギリギリアウトだ。もっと気を付けなければ。
「ま、元彼なんて居なかったけど」
「良かったぁぁぁぁぁぁっ!! ……ん? いや待て!? まだ安心出来ない! 一応聞くが、体だけの関係の相手も居なかったんだよな?」
「通報するわ」
「しまった!? あまりの感情の起伏に理性がぶっ壊れた! 申し訳ありません! 聞かなかった事にしてくださいお願いしまっす!!」
俺は恥もプライドもかなぐり捨ててその場で土下座した。ついさっき気を付けようと心に誓ったのに、ギリギリアウトどころか人生終了レベルのパーフェクトノックアウトをかましてしまうとは。人生とは奇想天外である。
「はぁ……もう良いわ。私も悪ふざけが過ぎたし。帰りにアイス奢ってくれたら許してあげる」
「ありがとうございます! ダッツでもボーデンでも奢らせて頂きます!」
感謝感激雨霰と言わんばかりに、俺は咽び泣きながら顔を上げた。
「気持ち悪い」
「ですよねごめんなさい!」
俺には罵られて喜ぶような特殊な趣味は無いのだが、好きな子にこうも繰り返されると何だか癖になってしまいそうだ。気持ち悪くてごめんなさい。
「あ、でも一つだけ、今とは違うことがあったわ」
「?? 何だ?」
危うく、女友達でも居たのか? と聞きそうになったが、セクハラよりも取り返しが付かない事になりそうなのでなんとか飲み込んだ。俺はノンデリじゃないからな。ちゃんと空気が読めるんだ。
「貴方が居なかった。それだけは、今と違うわね」
何気なく、ただ事実を述べただけ。そんな平坦なトーンで、彼女はそう言った。
「……っっっっっ!? そ、そう、っすか………」
一瞬、何を言われたのか分からなくて頭の中が真っ白になったが、一秒後には反比例するように首から上が一気に真っ赤に染まる。
「あら? エアコンは効いている筈なのに、随分と暑そうね? 一刻も早くアイスを食べに行った方が良いかしら?」
「おまっ……ああ〜もうっ! カップでも三段重ねでも好きなの頼めや!」
「ふふっ、ありがとう。甲斐性のある彼氏で嬉しいわ」
「くっ、どこでそんな小悪魔スイッチが入ったんだ……」
悪戯っぽく笑いながら、丁寧に教科書やノートを片付ける姫宮を、俺は直視出来ない。
ちょ、マジで、俺の彼女どうなってんの? 思わず本当に俺が初カレか問正しそうになったんだが? 手玉に取るの上手過ぎじゃない? あと可愛過ぎだよね? これもう傾国の悪女だろ歴史に残っちゃうよ? やっべじゃあ俺総理大臣にならなきゃ何言ってんだコイツマジ気持ち悪いですねごめんなさい!
「気持ち悪い百面相してないで、さっさと行きましょう? ファースト彼氏君」
「気持ち悪くてごめっ……いやもう良いわこのノリ。てかほんと、今日のお前何なの? 何でそんな機嫌良いの?」
マジでファーストレディにしてやろうか。
「さあ? 何でかしらね。暑くて頭がおかしくなったのかも。良かったわね。お似合いのカップルになれたじゃない」
「誰の頭がおかしいって? 俺は至って健全な男子高校生だ!」
「はいはい。なら、別に顔以外も見て良いわよ。せっかく可愛い服、着て来たんだし」
「へ……? あ、ちょっ!? おい待てって!」
サラリと俺をあしらって、姫宮は出口へと軽い足取りで向かう。……はぁ。敵わないなぁ、ホント。
「……今日もご馳走様」
図書館を出る直前、背後から不穏な呟きが聞こえた気がしたが、丁度扉が閉まってよく分からなかった。
……ただ何故か、ガラス越しに見えた司書さんの眼鏡がキラリと光った、ような気がした。
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