#陰暴論と書いてプロローグと読みます。
「結婚て、明らかに人類を滅ぼす為のシステムだと思わない?」
「朝の挨拶代わりにいきなり暴論とか、お前の脳内治安悪過ぎだろ」
藪から棒ならぬミサイルが飛んで来たようなその問いに、俺は淡々とツッコんだ。
彼女が突拍子も無い事を口にするのはいつもの事なので、慣れているのだ。
「暴論じゃないわよ。極論ではあるかも知れないけど。……おはよう」
それまで手元の文庫本に視線を落としたまま、こちらに視線一つ向けていなかった彼女が、初めて顔を上げる。ひらりと揺れた長い前髪の隙間から見えた猫のように黒目の大きい瞳にドキりとしたが、俺はニヤけるのを堪え、会話を続けた。
「ふむ。最低限の自覚と罪悪感に免じて、話は聞いてやろう。おはよう」
「上から目線腹立つわね……。まあ良いわ。結婚て、要は不貞を防ぐために関係性に名前を付けて法律で縛ってるわけでしょ? でも、それって凄く気持ち悪いと思うのよ。本当にお互い愛し合っているのなら、そんな縛りを設けなくても寄り添って居られると思わない?」
「言いたい事が分かるからこそ敢えてツッコむが、どうしてあの酷い前振りからそんなピュアッピュアな乙女思考になるんだ?」
最初の暴論(陰謀論?)を聞いていなければ、見た目だけは清楚可憐な彼女に似つかわしい考えのようにも思える。
艶ややかなセミロングの黒髪に、儚げにも見える白い肌、小柄で華奢な体躯。一切着崩していないセーラー服も、よく似合っている。
……が、そんな女子高生のお手本のような姿だからこそ、これから吐き出すであろう猛毒の様な言葉がより一層の過激さを帯びる。
「理屈を説いてるだけよ。そもそも何十年も少子化を問題にするくらいなら、結婚なんて非合理的なシステムは廃止して、ヤりたい奴らがヤりまくれば勝手に子供なんて増えるじゃない」
「コンプラが厳しい令和の時代にこんな言い方したくないが、我慢出来ないから言うぞ? 女サイドの意見じゃなさ過ぎる」
我ながら誰にしている言い訳なのか分からない前置きでキレを失ったツッコミだが、朝からキレッキレの絶好調で不穏な事を言いまくる彼女を放置するのは心が……いや、胃が痛む。
「親が面倒見切れない子供は、生産性を失った年寄りを選挙の票目当てで長生きさせる為に無駄遣いしてる税金で養ってやれば済む事だわ」
「オーケー。話を聞こうとした俺が悪かった。だからせめて此処が、老若男女ひしめくバスの中だってことだけ考慮して言葉を選んでくれるか?」
ガタンゴトン……と、地面の凹凸で車体が揺れる音だけが、死にたくなるほど気不味い静寂に響いた。
「??? セ◯クスと言うのは控えたのだけど……」
「う〜ん惜しい。努力は評価するから今日の所はあと十分くらい黙っとこう。な?」
だって、気付いたら俺と彼女しか喋っていないんだもの……。運転手さんですらチラッチラ明らかに必要無い後方確認しまくってるし。前見て運転しろ税金で生かされてる沢山の命預かってんだから。
「……分かった」
「うむ。よろしい」
わざとらしく鷹揚に頷いた俺を、彼女はまた猫のような瞳で恨みがましく見上げたものの、それから学校前のバス停まで口を開くことは無かった。
この、捻くれてるくせに妙に素直なとこを可愛いと思って俺が甘やかすから、良くないんだろうなぁ………いや良い。凄く良い。めっちゃ可愛いと思います。
世界中に彼女が嫌われても、俺だけは彼女を甘やかそう。寧ろ俺以外好きになるなマジで。
……そんなアホな誓いを心の中で勝手に立てて、俺は不満げな彼女の手を引きながらバスを降りた。
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