第一話:新人看守の災難
カイリの母
「—誕生日おめでとう、カイリ」
暗く深い海の中で迎えたのは、18度目になる誕生日だった。
カイリの母は微笑みながらケーキにろうそくを灯す。
カイリの母
「ろうそく、18本ちゃあんと用意したのよ」
「吹き消すの、好きでしょう?」
ほの暗い室内に照らされるのは、みずみずしい赤いイチゴが乗ったショートケーキ。
それに加えて、パチパチと弾ける赤い炭酸飲料だ。
カイリ
「もう、子供じゃあるまいし」
「でも、ありがとう。母さん」
カイリは柔らかく微笑み返し、ろうそくの火をふっと吹き消した。
室内が真っ暗になる。
かろうじてぼんやりと、窓から見えるクラゲが、白く光っているのが見えた。
ー見慣れた光景だ。
特段綺麗だとも、不気味だとも、思わない。
ただなぜか、その白がとても気になって、ぼんやりと窓の外を眺めてしまう。
瞬間、室内がパッと明るくなる。
母が電気を点けたのだと理解するのに、少し時間がかかってしまった。
カイリの母
「さあ、ケーキ食べましょう。…どうしたの、ぼうっとして」
カイリ
「いや、なんでもない…」
カイリの母
「ふーん。あ、わかった。明日からの勤務に緊張してるんでしょう?」
"明日からの勤務"。
この潜水監獄ラブカで生まれ育った者は、18歳になると看守の仕事に就くことになっている。
性別問わず、もちろんカイリもその対象であった。
カイリ
「あ~…。そうだね、少し緊張してるかも」
「怖い囚人が相手だったらどうしようって」
カイリの母
「アンタ、昔から臆病だものね。大丈夫よ、ドーンと構えてなさい!」
「舐められたら鞭で叩いて黙らせれば一発よ」
カイリ
「う、う~ん…。あんまり暴力はしたくないなあ」
カイリの母も昔は看守をしていたらしい。
それはもう"鬼のような働きっぷり"だったという。
カイリの母
「まあ、ただ…"終末の堕天使"に当たらないように祈っておくといいわね」
"終末の堕天使"。
この監獄では有名な囚人だ。
いつからいるかも分からない、年齢も不明。
一説によると…、
この監獄に初めて収監されたのが彼なんだとか。
一つの国を滅ぼしたとかなんとか。
神様に喧嘩を売ったとかなんとか。
大層な名前もだが、噂もなんとまあ、立派なものである。
カイリ
「どうせ噂話でしょ」
カイリの母
「……」
カイリの母は急に黙り込む。
カイリ
「どうしたの?」
カイリの母
「アンタを怖がらせないように黙ってたんだけどさ…」
「これは、アタシが現役時代の話なんだけど」
「アイツと関わった看守は」
「…全員死体で見つかってる」
室内のライトがカチリ、カチリ、と点滅する。
今までに見たことのない真剣な表情で、母は確かにそう言った。
カイリ
「は、はは…。冗談、でしょ?」
思わず笑いをこぼすしかなかった。
母は一度深くため息をつくと、
「そ。冗談。明日朝早いんでしょ?早く寝なさいね」
それだけ言って、寝室に入っていってしまった。
ー部屋に1人残されるカイリ。
カイリ
「……」
「炭酸抜けてる…」
冷や汗をぬぐいながら飲み込んだジュースは、あまり味がよくわからなかった。
ーーーーーーー
朝が来た。
とはいっても、ここは深海。
暗闇ばかりでお天道さんなんて1ミリも拝めやしないが…。
喧しい目覚し時計を黙らせて、ベッドから起き上がる。
寝ぐせを直し、歯を磨き、支給された制服に身を包んだ。
黒くてしっかりとした生地に、ところどころ銀色の装飾がされている。
特に印象的なのが、帽子の中央に縫い付けられた"ラブカ"のエンブレムだ。
この国の名前・象徴にもなっている「生きた化石」とも呼ばれる深海魚。
たまに窓の外で泳いでいるのを見かけるが、カイリはそれがあまり好きではなかった。
とはいえ、今日からカイリは看守の仕事に就くことになる。
カイリは母に軽く挨拶を済ませ、会社へと向かった。
ーーーーーー
白い無機質な会議室にいるのは看守長、カイリ、そしてもう1人の新人看守だ。
看守長
「今日の新入社員は2名か。…まずは津島カイリ」
「お前の意気込みを聞かせろ」
まるで面接のような空気感に、思わずぎょっとするカイリ。
カイリ
「えっと、…とにかく真面目に取り組み、だらしない囚人はきちんと律したいと思います」
看守長
「……矢車リツ。お前はどうだ?」
矢車と呼ばれた茶髪の男は、ヘラヘラとした表情でこう答えた。
矢車リツ
「なーなー、看守長!"終末の堕天使"が看守を殺しまくってるって噂、ほんと?」
ピキ、
空気が凍った。
カイリ
(な、なにをド直球に聞いてるんだコイツは…?!!?)
看守長
「…ただの噂だ」
矢車リツ
「ふーん。つまんないの。あ、俺死にたくねぇから終末はパスで!そこんとこヨロシク!」
矢車のいい加減な態度にしびれを切らしたのか、看守長は顔を真っ赤にしながら机を鞭で叩いた。
看守長
「ふざけるな!!!貴様は看守としての自覚がなさすぎる!!」
「そして貴様もだ、津島!!!!」
鞭をビシっとカイリに向ける。
カイリ
「ぼ、僕ですか?」
看守長
「貴様はぬるい!ぬるすぎる!!!!腐ったみかんか!?」
「そんな態度では囚人に舐められる!!看守は舐められたら終わりだ!!」
「いいか、ここにいる囚人は天界から追放された大罪人!!!堕天使だ!」
「だらしないものには鞭を!そうでなくとも鞭を!罪があるだけ罰を与えろ!慈悲はなし!!」
「矢車!貴様は囚人番号7321を担当しろ!昨日入ってきたばかりの新参者だ!」
「そして津島」
もう一度鞭がこちらに向けられる。
看守長
「貴様の担当は囚人番号0」
「―"終末の堕天使"だ」
カイリ
「・・・・・・は?」




