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やがて役場前の広場で馬車から降ろされたエルは、肩を落として昨日と同じ集合場所へと向かった。
供物所となるテントに入ると、既に何人かが集まっていた。
今日の仕事の割り振りを聞きたいが、見渡してみてもゴードンは見当たらない。
暫くキョロキョロしながら、数歩前に進むと大きな濁声で騒ぐ男たちの声が聞こえた。
「おいおい、嘘だろ!?あんなチビと一緒に働くのかよ」
「マジかよ!一体何の役に立つんだか」
怖くてそちらを向くことはできないが、どう聞いてもエルの事を言っているらしい。
今、主に騒いでいるのは二人だけだが、その場に居るのは数人の大人たちの集団である。今までの現場で嫌がらせや暴力を振るわれた経験のあるエルは更に恐怖心を抱いた。
「しかも何だあの汚ねえ身なりは」
「あれだろ、あの養護院の」
「ああ…あそこか。じゃあ、ありゃあ孤児かぁ」
集団の中には、子供相手にもうやめとけと諌める仲間も居るものの、二人はエルに聞こえる様にやり取りを続ける。
居た堪れなくなったエルはテントの外に出た。
するとそこにちょうどゴードンがやってくる所だった。
「おう、エル来たか。おはようさん」
「お…おはようございます」
切り替えがうまく出来ないままにではあったが、何とか挨拶を返し、エルは大きく頭を下げた。
「何だ?調子悪いのか?」
「何でもありません!元気です!」
体調不良者は帰らされてしまう。特にゴードンは親切な男だ。大袈裟なくらいエルを気遣ってくれそうだが、こんな事で報酬をフイにしたくはないエルは慌てた。
「ちょっと暑かったからテントから外に出ただけです!」
「そうか、なら良いんだが。具合が悪くなったらすぐに言うんだぞ」
つい先程もだが、小汚いとよく言われてしまうエルの頭を何事もない様にゴードンは一撫すると、皆に集合をかける為にテントの奥に歩いて行った。
そんな役場の人間とエルのやり取りを見ていたあろう男たち悪意は、あからさまに声に出すことは無くなったが、今度は地味な嫌がらせに変化した。
面白いおもちゃを見つけたかの様に、執拗に後を付いてきては、エルに向けて釘箱を倒しそれをエルのせいにしたり、わざとバケツを倒してエルに掃除を命じたりした。
明らかに昨日よりもキツくなった仕事内容だったが、黙ってエルは仕事を熟した。
言い返したり、誰かに言い付けたりすると更に状況が悪化する事を、これまでの経験でエルは分かっていたのだ。
ゾーイ婆が持たせてくれた簡単な弁当を、テントから離れた誰にも見つからなそうな草むらで食べ終えたエルは、木々の隙間から見える空を見上げながら溜息をついた。
昼休憩は、教会の鐘が鳴るまでここに居なければならない。下手に外をウロウロして、あの男たちに見つかったら最悪だ。
男たちはどうやら、黙々と仕事をこなし、どんな嫌がらせにも無反応なエルを、誰が先に泣かせられるかを賭け始めた様だった。午後の仕事でもどんな嫌がらせをされるか考えるだけでも気が重い。
エルは空に飛ばしていた目線を伸ばした足の先に変えると、サワサワと揺れるネコジャラシを小さく蹴った。そんな小さな八つ当たりをしてみても気が晴れることはない。
困った時の癖になっている服の上から指輪を触りながら、エルはどうしようか考える。
どうしよう…あの二人組の事もそうだけど、ケリー先生の事、院長先生の事もどうしよう…
あの時、私が勇気を出して、喧嘩はやめてって出て行ってたとしたらケリー先生もまだ元気で居たのかな?
今日、院長先生に本当の事を話してくださいって言ってたら、院長先生も諦めてくれたのかな?
あの男の人たちにも意地悪はやめてくださいって言ったら、今みたいにコソコソしなくて済んでたのかな?
全部…私に勇気がないせいで…
ウジウジとエルが考えていると、指輪を弄っていた手がモゾモゾとした。
ハッとして胸元を確認してみると、小さな蟻がのんびりとエルの手を横切って行くところであった。
ふふっと小さくエルは笑うと、蟻をネコジャラシの上に乗せてやった。
そろそろ鐘が鳴る頃だ。
考えたってしょうがない!
ジンも何にもするなって言ってたし、私が余計な事して困らせちゃうより、大人しくウジウジしてた方がマシよね。
…とりあえず、午後はとにかくあの二人から逃げ切ろう。
エルはそう心に決めて尻についた枯れ草を手ではたき落とすと、からの弁当箱を持って供物所のテントを目指して走り出した。




