7*傍流
「おう、こんな夜中にどうしたってんだ?」
二人が寝たのを確認した後に、そっと子供部屋を抜け出たジンは、廊下では誰にも見つからない様に気をつけながらドーンの部屋に向かった。
「こんな騒ぎじゃあなぁ、そりゃ不安にもなるかぁ」
ジンがドアを叩くとすぐさま顔を出したドーンは、大きなあくびをしながら出っ張った腹を搔き掻きジンを部屋に迎え入れた。
「ドーンさん、ちょっと聞いて欲しい話があるんだ」
「おいおい一体…何だよ、そのツラおっかねえなぁ」
真面目な様子のジンに面食らった様なドーンは、自分はベッドに腰掛けつつ、この部屋の唯一の小さな椅子にジンを座らせた。
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけどケリー先生は本当に自殺だったの?」
単刀直入に切り出したジンに途端にドーンの顔が険しくなった。
「ガキが!余計な詮索すんじゃねえよ」
更にジンを叱りつけようとしたドーンを遮る様に、ジンが早口で言った。
「エルがケリー先生と院長が喧嘩してたの見たんだってさ」
怒りから眉間に皺を寄せたドーンの顔は、瞬間一気にポカンとした間抜けヅラに変わった。
「エルさあ、あいつこないだ外回りで殴られたじゃん?その後しばらく内回りの仕事ばっか回されてたから、そういうの見ちゃう機会がどっかであったんだろうなぁ。
教えてくれた後、俺らの反応見てビビっちまったからあんまり詳しく聞き出せなかったんだけど、なんか多いとかそういう感じの事言ったケリー先生に、院長がキレてたっぽいよ」
ジンの話を聞き切ったドーンはまた眉間に皺を寄せた。
「そりゃあ、どういうこった」
「そんなの俺らじゃ全くわかんねえよ。ただ聞いたからには黙ってちゃダメだってだけは分かったから今ここに来たんだ」
ジンは一丁前に神妙な顔をして腕を組んだ。一端の大人のフリをしているらしい。
その様子を見て思わずへッと笑ってしまったドーンであったが、笑っている場合ではない事を思い出して頭を掻きむしった。
「そんだけじゃ分かんねえ事ばっかだけど…うーん、言っちまって良いもんか…あーどうすっかな…えっとところでお前幾つになったよ?」
「十二歳…あと二ヶ月で十三になる」
「そうか。そこまでデカいナリもしてるし、じゃあもうお前も大人だな。
だとしたらいいな?そんならこっからは大人の話だ。ヘラたちにはあんま詳しくは喋んなよ?…はぁ…全く!」
子供たちを巻き込みたくはなかったドーンは、大きなため息を吐いて天井を見上げた。
そして意を決したように体を戻して、前屈み気味にジンに顔を寄せると小さめの声で話し出した。
「ケリー先生の首には指の跡っぽいのが残ってた。だが、それは絶対とそう言い切れないほどのアザだった。だけどロープの跡と微妙にアザがズレてるってのが俺とケビン爺さんの意見だ。
だが、臭いモノに蓋をしたがる院長が教会と話を進めて、明日火葬って事にしちまったんだ。
余りにも情もねえ、早すぎる話で俺たちも腑に落ちねえとこはあったが、まあ祭りの前だしなって。そんなもんかと。納得はできねえけど納得するしかなかったんだ。
教会はそういう穢れを嫌うのは分かってたし、訃報を知らせたケリー先生の実家も梨の礫だったって話だしな」
「ケリー先生の家?なんで?」
「ああ、お前は知らなかったか。あの騒動の頃じゃまだお前は鼻垂らしてたくらいの頃か」
ドーンが何もない宙を見ながら、思い出す様に語り出す。
「当時は結構な大騒ぎだったんだぜ。デカい貴族同士が婚約してたのを、女側がなんかやらかしたってんで破棄になってな。そんでその女は家を追い出されて修道院に入れられたって。
その頃は平民たちのいい噂のタネだったよ。お貴族様が大金持ちで何の不自由もねえ生活から平民に落っこちてザマアミロってな。
だけどその数年後にその本人のケリー先生がうちに出入りする様になってよ…そりゃあもう俺は複雑だったよ。
だってよ、鼻持ちならねえ嫌な女かと思えば、あんないい先生だったじゃねえか。噂なんて当てになんねえなぁってな」
ドーンは複雑そうな顔を隠さずに、頭の後ろに手を組んでベッドの奥にある壁に背中を預けた。
「だがなぁ…喧嘩かぁ。俺も外回りとしてあれやこれや調整することも多くてよお、院長ともやり取り多かったけど、ケリー先生よりマーゴ先生の方が院長がらみは諸々取り仕切ってたけどなぁ」
ハッとそこで何かを思い出したようにがばりとドーンが起き上がった。
「おい、エルは多いとか聞いたのか?」
「そう。でもあいつまだチビだから、記憶曖昧な感じだったけど」
「そんで院長がキレてたのか?」
「らしいよ」
うーんと顎に手をやって考え込んだドーンをしばらく黙ってジンは見やる。
「金…か?」
ポツリとドーンが呟いた。
「揉め事の常套句と言えば金だなぁ」
「お金?」
「ああ、そうなるとちょっと気になる事があるな。
…だが今はまだハッキリしない事ばっかりだな。まあ、ちょっくら俺に預けてくんねえか?俺なりに探ってみるからよ」
ポンと自らの両膝を叩いてドーンがジンを見る。
「元々俺たちだけじゃどうしようもないって分かってるんだ。ドーンさんが引き受けてくれるならありがたいくらいだよ。だってさ…これが本当に…だったとしたらさ…」
下を向いてしまったジンの頭を手荒く撫でながら、ドーンがその言葉を引き継いだ。
「そうだな。エルが危ない」
恐る恐る顔を上げたジンに二カリと笑うと、ドーンが頷いた。
「まあ俺に任せておけ!ただ変な動きだけはしない様に、アイツらの管理だけは、ジン、頼んだぞ!」
「分かったよ。ただ仲間はずれにだけはしないでよ?聞かせられる部分くらいは情報流してもらえないと、逆にアイツらが余計なことしでかすかも」
ドーンはウンザリした様な顔をしながら、大きく頷いた。
「だなぁ…特にヘナがヤバそうだ」
お互いに苦笑いしたところで、ジンはおやすみの挨拶をしてドーンの部屋を後にした。
とりあえず然るべきところに報告はできた。
安心こそはできないが、ジンは少しだけ肩の荷が下りてやっと眠れそうな気がした。




