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形見じゃなくて呪いの指輪だった件  作者: よしこ
一章
59/59

59*傍流

 執務室にノックの音が響いた。

一瞬ピリついた部屋の主であるソニーだが、いくら大事な子供たちの事とは言え、大人の話し合いをするつもりである。

その怒りを少しでも吐き出す様に息を小さくついてから言った。


「入れ」

「し…失礼致します」

入室してきた男は、本来随分と大柄な男であったはずなのに、今日はどうもひと回りは小さく見える。


「こ!…この度は我が娘が申し訳無く…ですが娘はマーク様を…」

「ねえ誰が口を開いて良いと言ったの?」

「はぅっ…申し訳ございません」

「お前といいお前の娘といい、親子で出過ぎた真似をするのは血筋なのか?」

今度は大きな溜息を吐いたソニーは、伯爵家へ娘婿として婿入りした、頭は空っぽだが見栄えばかり良い、地方の弱小貴族子息であった男へ当て擦りを忘れなかった。


「お前の妻であるマリーンは一応私の従姉妹であるからね、確かに我が家への出入りは許してはいたさ。

あの娘だって子供たちとも歳も近いし、一門の者として色々と目溢しだってしてきた。

だけどこうなってしまえば、もしかしたら甘やかし過ぎてしまってたのかねぇ?私もお前も」

「いっ!いいえそんな事は!我が娘はどこへ出してもですね…」

「あのさ?お前が阿呆なのは知ってるけど、何回も同じ事言わせないでくれる?口を開くなって言ってるんだよ!」

ソニーは抑えきれなくなったイラつきに任せて、重厚な執務机を思い切り蹴りつけるとドカンと大きな音が響き、テルマの父親であるアイルも面白いほど飛び上がった。


 そこで椅子から立ち上がって机を回ってきたソニーは、肩を縮こませ必死に下を向いて目を合わせない様にしているアイルの顔を、腰を屈めわざわざ覗き込み、その足先をぐっと踏み締めた。

「あのね、私はね、本当に、怒ってるんだ。

残念ながら、そう見えないかも、しれないけどさ」

そう言いながらギリギリと踏み締める力を込めていく。

「いっぅ…」

「はぁ?なんか言った?」

ソニーに凄まれて、汗をダラダラかきながら、力一杯歯を食いしばり首を左右に振るアイルを一瞥すると、ソニーは踏んだ足を離した瞬間に、すぐ上の向こう脛に強烈な蹴りを入れた。

そして脛を押さえて悶絶するアイルから踵を返すと、また椅子に腰を落とした。


「どうやったらお前に私の怒りが伝わるのかねえ」

トントンと机を指で叩く音が執務室に響く。

壁際で控えていた執事のシモンが、葉巻の乗った盆を音も無くソニーの前に置くと、礼を言ってソニーが火を付けた。

大きく紫煙を吐く音がするだけでアイルの肩が揺れる。


「そうだねぇ…やっぱりまずは目障りだから消えてもらおうかな」

バッと真っ青を通り過ぎた顔色でアイルが顔を上げてソニーを見た。

「いやいや、何も死ねと言っているのではないよ。いや別にそれでもいいんだけどさ。

そんな事するより、近所にいるから我が家に迷惑掛けるんだろう?だったら物理的に離れて貰えばいいわけだ。

それにお前たちはうちとの血縁だって事実を使って、随分あちこちで大きく出てたらしいじゃないか。そういうのも本当に迷惑だしね。

大体お前の娘は、私が撒いた雑多な噂で散らかしたはずの真実をなんで知って脅迫に使えたんだ?まあどうせお前がベラベラ喋っていたからなんだろう?

だからちょうどさ、人が欲しいって場所があったのを思い出してね、いっそそこに地頭として行ってもらおうかなと」

そう言われただけでアイルには思い当たる場所があったらしい。必死の表情で頭を左右に振っている。


 そこは首都から馬車で一ヶ月以上移動に時間がかかる様な、海沿いの寒さと雪以外何の産業も無い地だが、海を挟んだ先に外国のある場所であるが故に管理する者が必要なのだ。

しかしそこには元々の原住の民がいて、管理はほぼその者たちが行っているので、地頭とは名ばかりで治めるにしても何の旨みもない土地だ。

これまで年老いた物好きな老男爵が治めていたが、この度天寿を全うしたばかりだったのだ。


 ソニーは灰皿に葉巻を置くと大きな声で笑った。

「ははは、お前に断る権利があるはず無いじゃないか。お前の家はよりにもよって我が家に仇なしたんだぞ?

今頃お前の商売がどうなっているのか知らないのかい?」

アイルの表情が抜け落ちた。この男は喋るよりもよっぽど表情の方が雄弁だ。仮にも貴族の男であるというのに。


「お前の家の名では立ち行かなくなったあの領地については、フェルマー家に引き継がせる事になったよ。

ああ、あれは抜かりのない男だからね、安心して後を任せるといい。

だけどフェルマーは男爵だから、それじゃあ上位貴族との商売上支障があるからね、皇帝とはお前の領地と爵位ごとをフェルマーに移譲する事で話はついてる。

それで宙に浮いたフェルマーのものだった男爵がお前の家の新しい称号だ。ほうら全部丸く収まった!」

ポンとソニーが手を叩くと、急に催眠術から覚めたかの様にアイルが喋り出した。


「そんな!そんな!そんな!ソニー様!そんな酷い話は無いです!たかが子供同士の諍いでは無いですか!」

そう言った瞬間アイルが吹っ飛んで壁に激突した。

「たかが?」

アイルの巨体を追って歩いて行ったソニーが低い声で問うた。

そのまま何発も殴られ蹴られしたアイルは、何とか丸まってどうにか攻撃を受けない様に自身の体を庇ったが、その分ガラ空きとなった背中を幾度も蹴られた。

少しも息を乱さないままソニーはアイルにまた問うた。

「なあ、私は言ったはずだ。私は怒っていると。

やっぱり何もお前には伝わらないのだな」


 髪の毛を掴んでアイルの頭を引き上げたソニーはその耳に怒鳴った。

「此処から離れて、近くに話す相手が居なければ、お前が何をどこまで知ってようが構わない。お前の娘もな。

あっちの民は原住語しか話さないからお前たちが何を喋ろうが、私の家族に関わるくだらない噂も出回らないだろうからもってこいの土地だよ。

そこに引っ込んで一生出てこなければそれだけで許してやると言っているんだ。嫌なら死ね!

私の大事な家族に手を出す者はこうなるのだ!私の家族に手を出す者はこうなるのだよ!」


 そう言ってソニーが掴んだ髪ごとそのまま床に叩きつけるとアイルは這いつくばったまま泣き出した。

「どうか…どうかご慈悲を…」

「いいや。許さない。

私だってね単なる子供の諍いではここまでは怒らないよ。だけど全てを聞いた上でお前の娘は学ばなければならないと判断した。

だから一家で学んでくるといいよ。一生をかけてね」


 そうソニーが言い切った後にシモンがドアを開き、外の者に合図を出した。

すると数人の家人が入ってきて、身を捩り泣き叫ぶアイルを引き摺っていった。

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