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形見じゃなくて呪いの指輪だった件  作者: よしこ
一章
58/59

58

 あの後、エレンの後に走ってきたセドリックが、母と兄の顔に安堵して泣きじゃくるマークの肩を抱きながらどこかに連れて行き、フェリーチェはエレンに部屋へ戻された。

一緒に部屋に入ってきたエレンはフェリーチェを抱きしめ、大きな溜息を吐いた。


「屋敷で騒ぎが起こったって…それも侵入者が貴女たちの所で揉め事を起こしてるって聞いた時、わたくしはもう…もう…心臓が潰れるかと思ったわ。

今回はあんな小娘で良かったけど、もう一度警備を見直す様に言うわ。ごめんなさいね、怖い思いをさせてしまったわ」

身を離し、じっくりとフェリーチェの顔を見ながら、ゆっくりと頭を撫でるエレンの表情は、先程のマークの泣き顔を思い出させた。

「お母様…」

「フェリ、なあに?そのお顔は何かお話したい事があるのね?」

フェリーチェが小さくこくんと頷くと、エレンはソファにフェリーチェを連れて行きながらサリーに温かい飲み物を用意する様に言った。


 すぐ隣の席に身を寄せて座った二人は、しばらく見つめ合った。

テーブルにコトリと、サリーが入れてくれたハチミツ入りの温かいミルクが置かれて甘いにおいが漂った。

まずは飲む様にエレンに勧められフェリーチェはカップを持つと、思った以上にその手が冷えていることに気がついた。甘いミルクが喉を通っていくと自然にほうっとフェリーチェは大きな息をついた。


「それで?どうしたの?フェリ。お母様に何でも言ってごらんなさいな」

どう言ったら良いものかとしばらく口をモゴモゴさせていたフェリーチェは、やっとポツリポツリと語り出した。

「……私ね、あの女の子知ってるの」

「あらまあ!どこで会ったの?」

「私が外回りの仕事で行った先があの子のお家でした」


 まだフェリーチェが養護院にいた頃に一度だけあった最悪の邂逅。

今思い出しても、お腹の上の方がキュッとなるあの日の出来事。悲しかった気持ち。

考えてみればフェリーチェが養護院の外で悪意に晒された最初の出来事だったかもしれない。

どうやって出会い、何を言われたか、フェリーチェがどう思ったか。つっかえつっかえであるがどうにか全てを語ることができた。


「そうだったのね…それは…聞いてるだけでもわたくしも悔しくなるわ。ただ一生懸命生きてたフェリたちを馬鹿にするなんて…」

エレンは悲しそうではあるが優しい目でフェリーチェを見ながら、ゆっくりと肩を摩ってくれた。

「でもね、フェリは人にそういう言葉を言われた事があるから、だから他の人にはそういう事を言わない優しい子に育ったのね。

だって言われた人がどういう気持ちになるのか、一番フェリが分かるんですもの。これまできっとそういう事を学んできたのでしょうね、貴女は」

「…でも…でも…それなのに私…あの子に酷い事言ってしまったわ」

フェリーチェはがっくり肩を落として下を向いた。

「貴女が?酷い事って?」

「私は公爵家の娘だとか役に立たないとか…」

「それは…どう言うことかしら?」

フェリーチェは怒られる事を覚悟してから、エレンに一語一句間違えない様に気を付けながら話をした。


「まあ!おほほほほ!」

フェリーチェの話を聞いた途端、突然高い声で笑い出したエレンにびっくりして、フェリーチェは知らず丸まってしまっていた背筋を伸ばした。

エレンは扇で口元を隠しながらまだ笑っている。

「それは!最高だわフェリ!」

そう言うとフェリーチェをきつく抱きしめた。

目を白黒させるフェリーチェへ、ようやく笑いの収まったエレンは肩を抱いたままこう言った。


「フェリったら!貴女そんなセリフ一体いつどこで覚えたの!?」

「えっと…図書室の本でも読みましたし、あとは、こんな時お母様ならどうするかなって一生懸命…」

「ほほほ!読書って本当に役立つものだわね」

ここでまたエレンは我慢できないと言う様に吹き出した。

「そしてわたくしが見本だったのね。あらやだ、そんな姿いつ貴女に見せたかしら…まあいいわ」

後ろにいるはずのサリーが身じろいだような気がして、ついフェリーチェは振り返ってしまったが、にっこり立っているいつも通りのサリーがそこにいるだけだった。


「ねえフェリ、先程の話からすると貴女ね、貴族として生きる道を選んだのだったわね?でしたらまずは覚えておいて欲しいの。

貴族はね、働いてくれている人たちに生かされていて、あとは矜持によって生きているの」

「きょうじ」

「そう、矜持よ。矜持っていうのはね、自分を信じてその芯になるものを大事にするって事なのよ」

「芯…」

「例えば、人の意見を聞く耳を持つ事はとっても大切よ。だけど私たちの立場ではいっぱい色々言ってくる人がいるわ。

それは領地の人たち、使用人、国や政治に関わる人たち全員からね。じゃあその人たち全員の意見を全部聞けると思うかしら?」

「えっと…立場が違えば言われる事もそれぞれ違うと思うので…多分全部は言う事聞けないと思います」

「そうね、同じ平民同士の話だとしても、川の上流と下流に住んでる人だってだけで、きっと私たちに訴える話は違うでしょうね。そこで大事になるのがさっき言った矜持ね。

誰かの話に左右される事ない信念。信じてる己がこれだと信じる道だからこそ、このまま進もうって思える気持ちよ。

自分の中に一本の芯が無ければ、ジグザグの道をフラフラと進む事になるでしょう…そして先程の貴女のお話」

「私の?」

「ええ、さっき酷い事言ってしまったと言っていたわね?

でもそれは貴女の心からの気持ちだったのでしょう?大切な家族、大切なお兄様をあの女の子から守りたかった。

ねえフェリ、貴女今それを後悔してる?」

「嫌な女の子だって知ってた事もあるから…それに私のせいでしょうがなくマーク兄様が嫌な事に巻き込まれなくて良かったって…もっと言い方があったかな?とも思うけど、後悔はしていません」

「そう、ならそれが今時点での貴女の芯よ。愛する家族を守る。って言う芯ね。ふふ、そこは貴女のお父様と一緒ね。

その芯を貫く為になんの武器でも躊躇なく使うの。それが矜持を保つ事になるなら何でも武器になさいな。

そして今、後悔があるならこれから学びなさい。その学びが貴女のこれからの芯になって、武器にもなるのよ」

エレンはフェリーチェの額にかかった薄水色の前髪を優しく横に払うと耳にかけた。

「可愛いわたくしのフェリーチェ。わたくしはね貴女が兄を全身を持って守り抜こうとした勇気を誇りに思うわ。

それがいくら拙い出来だったとしても、それは今、貴女が持ち得る力だったんですもの。でもそれを振り絞った貴女を誇りに思うし、今貴女に足りない部分はお父様とわたくしたちが全力で補うし守ると誓うわ」

そう言うとエレンはフェリーチェを優しく抱きしめた。


 フェリーチェはその胸に溶けるように寄りかかると大きく息を吸った。あの甘くて懐かしい優しい匂いがする。

何だか眠気が打ち寄せる様な心地でフェリーチェは言った。

「お母様、私いっぱいお勉強するわ。私にもたくさん守りたい人も助けたい人もいるの。だからお勉強がんばるわ」

呟くようにそう言うフェリーチェの頭を、エレンがずっと優しく撫でてくれていた。

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