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形見じゃなくて呪いの指輪だった件  作者: よしこ
一章
57/59

57

「まあそんな…私はマーク様の妹君の為に良かれと思って言ってますのに…」


 さも困った様に顎に指をやってテルマは言った。

「マーク様はそうおっしゃいますけれど…。

ですが!やっぱり私、心配ですわ。次のサロンでお友達に相談してみますわね」

その言葉にもマークは大きな声で拒否の言葉を吐いた。

「さっきからそんな事は必要無いって言ってるんだ!何故分からない!何度も言っている様に妹の事には一切構うな!」

「そうですか…分かりましたわ」

一転してテルマが残念そうにそう言うのを、マークは安心した様に溜息を吐いたが、逆にフェリーチェは警戒した。


「…ですけど、もし…もしもですわよ?私が心配の余りについ口を開いてしまわない様に、もっと大きな話題があった方がいいと思いますわ」

「大きな話題?とは?」

訝しげにマークが呟いた。

「ええそうですわ!ですからその為にマーク様、私と一緒にサロンへ行っていただけませんか?

だって滅多にそういった場に現れないマーク様がいらっしゃったら、きっと盛り上がると思うのです!」


 そろそろ婚約などの話も出始める年頃であるマークは、そういった場に男女が連れ添って行けば、周囲から将来を穿って見られてしまう事とそのメリット、デメリットをきちんと教わってきていた。

だから今までそういった誘いは一切を断ってきていたし、それでも判断に迷う時は父か兄に判断を委ねてきていた。なので今回も同じ返答しかないのは当然だった。

「…それも断る」

硬い声でマークが言う。


「あらぁ、そうですかぁ?

それではどうしましょう!私悪気なく、つい皆様に妹君のお話ししてしまいそうですわ!」

寄り添っていたマークから身を翻して、くるりと踊る様に回転するとテルマはクスクスと笑った。

「ねえ…本当にどうしましょうか、マーク様?」

そして受け取って当然だと言わんばかりの顔で、スッとマークに向かってテルマは手を差し伸べた。


 頑ななマークに、とうとうテルマの言う内容があからさまな脅迫へと変化してきた。

フェリーチェは、兄が自分を庇ってテルマを退けられない事が分かっていた。

だからこそ兄の腕の中でどうしよう、誰か来てくれないかとばかり考えていた。

もういっそ大きな声で悲鳴を上げてみようか。

そう考えていた時、マークの腕が緩んでフェリーチェを離して、ニヤニヤと笑うテルマの方へ一歩足を出そうとしているのが分かった。


ダメ!嫌だ!


 咄嗟に強くそう思ったフェリーチェは兄を引き戻し、大きく腕を広げてテルマに向かって兄の間に立ち塞がった。

そして大きく息を吸う。


「わたくし、ムーア公爵家が長女、フェリーチェと申しますわ。以後お見知り置きを」

そう言って睨みつける様にしてテルマを見たフェリーチェは、マイン先生から何度も教わってきたカーテシーを見せた。

まだ少しふらついてしまうが、そこは気合いでカバーした。


 フェリーチェは今、途轍もなく怒っていた。

以前、テルマたちに自分の事を言われた時でさえ、悲しくはあったがこんなに腹の底がグツグツと煮えくり立つことは無かった。

だが、大好きな、大好きになった兄を、フェリーチェの為にこれ以上コケにされるのは絶対に許されない事だった。


「先程から黙って聞いておりましたが、わたくしは公爵家の娘なのでしてよ?あなたのお家がいかほどかは存じませんが…わたくしの後見の立つですって?

ほほほ、本当に可笑しいですわ。そんな枯れ落ち葉よりもひらひらの後見など一体どこで何の役に立つのでしょうね?

大体貴女、誰にそんな口を聞いてるのかしら?

わたくしはこれから公爵家で育ち、公爵家の礎の一つとなる者です。どこで噂されようが誰にどの様に振舞われようが、その一切はその者の公爵家を向こうに回すと覚悟の上の事でしょう。

貴女はもっと物事をよく考えられて、この様な物言いと振る舞いが、今後どの様な結果になるのかお知りになった方が宜しいわね」

「フェリ!それは!」


 フェリーチェは母エレンの背筋を張った毅然とした姿を思い出し、母ならこういう時にどういった物言いと態度を示すだろうかと一生懸命に考えて演じていた。

精一杯のハッタリを張るフェリーチェは、兄の悲壮な声も聞こえていたがそれどころでは無い。


 薄水色の髪色と金色の瞳を持つ少女の啖呵に、エレンは形勢逆転を察し、明らか畏怖を抱いた様だ。

それに遠くから多くの足音が響いてきた。

「あら、漸くお迎えが来た様ですわよ。どうぞお気を付けてお戻りあそばせ」

扇を持ち合わせていないフェリーチェは、口元に綺麗に指を揃えて添えて、出来るだけ上品に見える様にテルマに向かって微笑んで見せた。


 遅いくらいの家人の到着に、へたり込みたいくらいに安堵したフェリーチェであったが、テルマが連行されていく様子が目に見えなくなるまで気合いで立ち続けた。

思ったよりも大人しく連れ出されて行ったテルマに気が抜けながらも、フェリーチェは呆然と立ち尽くす兄を振り返った。


「兄様やっつけましたね!良かったです!」

「フェリ…お前…。あんな事言って良かったのかよ!?

あんな事言ったらお前ずっとここに居なくちゃ…貴族になんなきゃいけなくなるじゃないか。平民に戻れないじゃないか!」

半分泣きそうな兄にフェリーチェは駆け寄った。

先程、泣きそうだったフェリーチェを心配してくれた兄の気持ちが今、分かる。

大好きな人にはそんな顔をしてもらいたくない。


「兄様!泣かないで。あのね、私ずっといっぱい考えたわ。期限までにはちょっぴり早いけど、これは決めなくちゃいけない事だったんだもの。

ね、それをただ私が今そう決めただけなの」

「だけど…お前の一生のことなのに…こんな決め方良いわけないじゃないか!

あいつの脅迫に追っかけられるようにして、こんな大事な事決めちゃって、こんなの絶対に良いわけないよ!

俺が…俺が馬鹿で上手く立ち回れなかったばっかりに」


 とうとう目尻に涙を浮かべ始めた兄に、一生懸命背伸びをしてフェリーチェはハンカチを押し当てた。

「違うわ!マーク兄様は馬鹿じゃないし悪くない!むしろ意気地なしの私の背中を押してくれたのよ!だからこれはきっと運命の流れだったんだと思うの」

「…運命?」


 つま先立ちで兄との身長差に四苦八苦するフェリーチェから、ハンカチを受け取ったマークがそれで涙を拭きながら聞いた。

「そうよ。私、これまでずっと運命にあちこち流され続けてきてるのよ。きっとこれも運命の川の流れの一つなんだわ。

でもね兄様、不思議なんだけど、私どの流れでも不幸を感じたことなんてないの。だから今も何にも怖くないわ。

それに多分、勢いで決めた事でも、悪くない選択をしたって予感がしてるの。

ふふふ、それに私がその運命で溺れそうになっても、きっときっとここのみんなが助けてくれて守ってくれるもの。そう信じられるから、だから怖くないの」

「フェリ…」

「ね?兄様泣かないで。お願い」


 マークは真剣な顔でなんとか自分を慰めようと、ぎこちなく頭を撫でる小さな妹を抱きしめた。

「フェリ、俺もっと勉強するよ。

力さえあれば、剣技だけ極めれば強くなれるんだ、守れるんだって思ってたけどそうじゃなかった。こんなちっちゃい女の子に俺は守ってもらったんだ。

ごめん、ごめんなぁ…こんな兄貴のせいでフェリの運命決めさせちまった。本当にごめんなぁ」


 フェリーチェではもう泣き止ますことが出来ない兄をどうしたら良いのか分からず、ただその背中を優しく撫で続ける事しか出来なかった。


 やがて知らせを聞いたエレンが慌てて二人を迎えにきて部屋に連れ帰ってくれても、兄は泣き止む事はなかったのだった。

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