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形見じゃなくて呪いの指輪だった件  作者: よしこ
一章
56/59

56

 今日はマイン先生の都合で授業が午後になってしまったので、午前中から花壇の水やりに来ていたフェリーチェは、鍛錬を終えたマークと落ち合い、屋敷へと一緒に戻る所だった。


「ああ!兄様、腕の所怪我してます!」

「ああ、さっき木の出っ張りにぶつかった時に少し切れちゃったみたいだな。またシャツ破って母様たちに怒られるなぁ」

肘辺りの血の滲んだシャツを引っ張りながら、怪我よりもそっちを気にするマークに、フェリーチェは眉をハの字に下げた。

「ねえ、痛くない?」

そっとハンカチを当てるフェリーチェを、これまた眉を下げたマークが言った。

「こんなのかすり傷だ。ちっとも痛くなんかないよ。だからフェリは心配すんな」

「だって…どんな小さな傷だって痛むもの。兄様大丈夫?」

「大丈夫だってば!フェリ、頼むからそんな顔すんなよ。分かった!分かった!こうしよう。

もう俺はこれから絶対怪我しないから!フェリが心配する様な事しないから!だからそんな泣きそうな顔すんな!」

慌てて乱暴にフェリーチェの頭を撫で、乱してしまった髪型を見て更に慌てた兄の様子にフェリーチェは噴き出してしまった。

やっと笑ったフェリーチェに安心したマークは、今度こそは優しくフェリーチェの頭を撫でた。

「そうだよ、そうやってフェリが笑っててくれると、俺は本当に安心するんだ」

その言葉に一瞬キョトンとしたフェリーチェだったが、兄がフェリーチェの笑顔を求めている事を理解して、更に笑顔を大きくした。


「フェリは可愛いなあ。昔からセド兄が妹は可愛かったってずっと言ってたんだけど、俺あんまり覚えてなかったから…でも本当に妹って可愛いんだなぁ」

思った事を素直にすぐに声に出すタイプのマークの言葉は、フェリーチェには少しくすぐったかった。

「もう!兄様ったら!」

照れて赤くなってしまった顔を隠す様にして、フェリーチェはマークの腹に頭突きをした。

はははと笑いながらマークは、そんなフェリーチェの頭を抱える様にして犬を愛でる様にわしゃわしゃと髪を掻き回した。


「マーク様!」

その時、突然聞いた事のない女の子の声が屋敷の側から聞こえて、こちらへ走り寄る足音も聞こえた。

素早くフェリーチェから身を離したマークは、妹を背後に隠した。

「マーク様ぁ!」

またしても聞こえた声は、先ほどよりも二人に更に近く、高く鼻に掛かった声に聞こえた。

そのうち兄の背後に張り付いていたフェリーチェにも、ドンと振動が伝わって、どうやら相手がマークに抱きついた様子が分かった。


兄様の恋人?


呑気に考えているフェリーチェをそのままに、二人が会話を始めた。

「マーク様ったら全然学園に来られないんですもの!それにセドリック様までお休みになられてて。何かあったのかと私とっても心配で心配で…」

片手で兄に抑えられる様に隠されたフェリーチェは、その姿を見る事は出来ないが、フェリーチェとほぼ同年代でありそうな声質だ。

強張った声で兄が低く、ああと答えたのがくぐもった振動となってフェリーチェにも響いた。

「俺は家庭の事情で休むと学園にも申請を出してある。君は今日は学園も休みでは無いだろう?それなのになぜここに来ている?

もうこうやって俺が元気である姿も見ただろう。分かったならさっさと帰られるがいい」

「だって!私たち親戚でもあるのですよ?心配するのは当たり前では無いですか!」


「それに…」

一回言葉を切った女の子はバッとマークを強く引き付けたと思うと、その勢いで背後に隠されたフェリーチェを見た。

「テルマ!」

「誰ですの?この子は?」


 その顔を忘れた事はなかった。

養護院の外回りとして出された仕事先の貴族のお家。

大きな邸宅と広いお庭は、フェリーチェが絵本で読んだ魔法の国の挿絵とそっくりだった。

夢の様に素敵に整えられた、花々や木々の生垣の間から現れた美しい貴族の母娘は、フェリーチェに現実を思い知らせた。


お前はこちら側の人間では無いと。


 そのきっぱりと仕切られた線をフェリーチェ見せつけ、更にお前はその母娘と真反対の人間、その中でも最底辺の人間であり、生きている価値すら無いとフェリーチェに思い知らせた。

あの時のあの女の子だった。


 あの時の悲しみと惨めさをありありと思い出し、真っ青になって目を限界まで広げるしか出来なくなったフェリーチェを見て、テルマの口角はニンマリと上がった。


怖い!


 更に怯えたフェリーチェをマークが抱き込んだ。

「何をする!」

「まあ!まあまあ!このお方はマーク様の妹君ですわね!見事にお髪も瞳の色も同じですわね。

誘拐されて行方不明になってた妹君が、とうとう見つかったって言う噂は本当でしたのね」

「何故それを!」

「だってねえ…私たち親戚ですもの、一門の者としてそれはもう色々聞いておりますのよ」

意味深な笑顔でテルマはマークに微笑んでいるが、その様子は舌舐めずりして獲物に近づく獰猛な獣にしか見えない。


「そうだ!ねえマーク様。私、良い考えを思い付きましたの!是非妹君を私たちのサロンにお呼びしたいわ!」

「何だと!?勝手なことを言うな!」


 激昂するマークをも意に介せず、自分の思いついたアイデアにうっとりしながら、テルマはマークの腕に手を絡めた。

「だって…妹君はずっと攫われていたから社交界の事分からないでしょう?そうですわ!レイチェル様にもお会いなさるのも宜しいですわね!

ね?私たちのサロンだったらいろんな方にお会い出来ますし、私が妹君の後見に立って差し上げればどんな方でも無碍にはなさいませんわ」

「余計な世話は結構だ!妹はまだ…」


 そこでふと、マークは自分こそ余計な事を言う所だった事に気づいた。

フェリーチェはまだ身の振り方を決めていない。

我が家に残るのであれば、公爵家がフェリーチェを全面的に守るであろうし、一門が後ろにも立つ。

だが平民として暮らすのであれば、フェリーチェが公爵家の血を引く事が広まるのは良く無い事だ。危なすぎる。

口籠るマークに更にテルマは口角を上げた。


「まあ!何か不都合でもございますの?」

わざとらしく甘ったれた様な言い方がマークの鼻につく。

「妹は外には出さない」

「まあまあ!何故でございますの?ああ、そうですわね、きっとまだ環境に慣れていらっしゃらないからですわね。それでしたら私がお友達にお声がけをして、このお屋敷に訪ねて来ていただきますわ」

「だから!すべてが迷惑だ!妹の事は外では話すな!」


 イライラした様子のマークはすっかりテルマの術中に嵌ってしまっている。

ハラハラしながらフェリーチェはマークの腕の中に抱え込まれていた。

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