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セドリックは木によじ登り、マークが訓練しやすいちょうど良い位置まで木片を下げると、ロープを枝にくくりつけた。
そうして危なげなく木から飛び降りたセドリックが腕を組んで見守る先で、マークが大きく揺れる木片を軽いステップで避けつつ、木刀を叩きつける。
足元は柔らかい土と落ち葉に隠された木の根などで、でこぼこと盛り上がっている部分もあり、フェリーチェでは始めてもものの数分で足を挫いてしまいそうだし、何よりも緩やかな丘になっている分、踏ん張るのも大変そうだ。
何度かマークが試した様子を見て、セドリックがうん良さそうだなと呟いた。
「ああやってさ、木刀で木片を叩くと大きく揺れるでしょ?その動きも不安定でさ。それをね人の動きに見立てて攻撃を避けつつまた叩くっていう訓練を今、マークはしてるんだ」
フェリーチェが不思議そうに見上げると、セドリックが解説してくれた。
「マーク兄様はここの森で訓練すると足の力とか胆力?が付くって言ってました」
フェリーチェが先程の会話を伝えると、セドリックは大きく頷きながら答えた。
「なるほど、それでマークの鍛錬の拠点となる家も出来てたのか。マークは武芸を極めたいってずっと言ってたからね。守りたいものが身近に戻ってきたから、とうとう本格的に始めたんだなぁ」
そう言いながら、ちらりとフェリーチェを見た。
だがそこで急にセドリックの眉が下がった。
「しかしみんな自分のお家作ってもらっちゃって…これじゃあ僕だけ仲間外れじゃないか」
寂しげなセドリックの様子に、フェリーチェが何と言って良いか分からずオロオロすると、あ!という風に何かに閃いたセドリックが続けた。
「あの東屋を僕のお家にすれば良いか」
そう言ってフェリーチェへにっこりと笑ったセドリックに、シリウスが噴き出して言った。
「あれにはドアすら無いじゃないか!」
「良いじゃないか、ドアが無いから中まで丸見えで、僕が居ればみんな気づくだろう?そうすればみんな遊びに寄ってくれるじゃないか!」
な、そうだろう?と顔を覗き込む長兄に、フェリーチェは大きく頷いた。
「はい!遊びに行きます!だけど…冬はセド兄様が私のお家に遊びに来てくれますか?私はドアが無くて寒いのはちょっと…嫌…かも」
段々と尻窄みになったフェリーチェの言葉に、三兄弟は大きな声で笑った。
「ははは!確かに僕も寒いのは嫌だから、寒い日はフェリのお家で冬籠りさせてもらおう」
それから長兄は三男の手伝いも買って出て、訓練に励む次男を残して森から出た。
大量の土や落ち葉を集めて作った堆肥の実験場の設置を終えると、久々の長兄の登場に興奮したシリウスによって、自慢の幼虫コレクションを散々見せられたセドリックは、ゲンナリした様子でお茶の準備をしていたフェリーチェの元にやってきた。
「凄いね、水場まで作られたんだ」
そこで手と顔を洗いながらセドリックが言った。
びしょ濡れの兄にタオルを渡してやりながらフェリーチェは答えた。
「はい、兄様たちは汚れやすい作業をここでしますし、私の花壇も出来つつあるので水場は必要だろうとミミがドニさんに言ってくれたみたいです。
あ、あとお母様とサリーさんが、兄様たちに泥だらけで帰ってきてはダメだと厳命してましたので」
「ははは、こう、腰に手を当ててぷりぷり『いけませんよ!』って言う母様と目を三角に釣り上げたサリーが目に浮かぶな」
エレンの声真似を交えつつ、セドリックはそう言うと暫く笑いが止まらずにいた。
「はぁ…フェリーチェが帰ってきてから我が家は変化と面白い事に欠かなくなったな」
漸く笑いの止まった兄の前に、フェリーチェは温かい紅茶とお茶菓子を並べた。
ミミが普段やってくれる事の物真似だ。マイン先生も人の動きをよく見て真似るのが、一番の生きた勉強だと言っていた。
「変化ですか?」
「ああそうさ、例えばここだけでもこーんなに変わったんだよ?凄くないかい?それに僕の敬愛する両親と可愛い弟妹たちが毎日とっても楽しそうだ。とにかくこれが一番物凄い変化だね。
だけどこれからももっともっと変化していくだろうね。楽しみだなぁ。ひょっとしてそのうちここにトイレや炊事場とそれに風呂まで出来るかもなぁ。そしてここでみんなずっと生活し始めちゃったり…そうなったら父様や母様のお家も作られちゃうだろうね」
「ふふふ、そうなったらまずセド兄様のお家にドアとちゃんとした壁を作って貰わなきゃですね」
「ははは!確かに!ドニに一番にやって貰わなきゃ!」
楽しそうに周囲を見渡すセドリックは、そこで何かを思い出した様に大きな指笛を吹いた。
突然の指笛に驚いたフェリーチェにセドリックは茶目っけのある笑顔を見せて、弟たちを呼んだんだと言った。
「僕だけフェリと美味しいお茶を飲んでたら、後であいつらに何を言われるか分かったもんじゃないからね。
さっきだって見てただろう?ああやって偉大なる兄を顎でこき使う様な弟たちなんだ」
遠くにこちらに向かって走ってくる二人の兄を見つけながら、長兄の言葉にフェリーチェは笑った。
その様子は中型犬と小型犬がご主人様に呼ばれて急いで走ってくるかの様にも見えて、セドリックの言う『偉大なる兄』とはあながち間違いではない様な気がした。




