53*傍流
「貴方は!全く…」
わたくしの前には口を尖らせてそっぽを向いた三男のシリウスが立っている。
長男のセドリックから、フェリーチェのツリーハウスがシリウスの虫捕りの拠点になりそうだと聞いて、慌てて様子を見に行ったわたくしは唖然としてしまった。
わたくしが小さな娘が喜ぶ様な、可愛らしい小屋になる様にと、数日かけてファブリックから厳選してコーディネートしたあの愛らしかったお部屋には、幾つかガラス製の箱が積み上げられ、そのすべてにはぎっしりと土と落ち葉が詰め込まれていた。
その横には手袋、スコップや虫捕り網、何に使うのか分からない道具が乱雑に置かれている。
声も出せず呆然としたわたくしの後ろでは、侍女長のサリーが額に手をやり頭を左右に振っている。
その更に後ろからドアの開く音がしたので振り返ると、シリウスがしまったという顔で立ちすくんでいた。
勿論その手には新たなガラスケースが抱えられていた。
「だって、ここの森の土は柔らかいし落ち葉もいっぱいあって、虫の冬越しや幼虫の寝床に一番良いんだよ」
という事はあのガラスケースには…
わたくしはそこまで考えて身震いを怒りに変えた。
「だって、じゃあありません!ここはフェリーチェのお部屋なのですよ!そこを物置にしてしまうなんて!」
「フェリだって良いって言ったもの」
「ここは!そういうために!作らせたのでは!ありません!」
男児三人も育てると、こういった事は日常茶飯事でもあった。
お家によっては子育ては育児室でナニーや教育係に任せっきりのお宅もあるようだが、我が家はなるべく子供たちと共にある事を夫も好む家庭でもあったので、夫婦共に子供たちの成長と共に起こるあらゆるトラブルなども踏み越えてきている。
乗馬を始めたばかりの頃、次男のマークは初めてのポニーをとても可愛がり、ついにはそれが行き過ぎて、夜にコッソリ部屋にポニーを連れて行って一緒に寝ようとした事もあった。
夜回りをした馬房係がポニーが脱走したとして大騒ぎになり、物音に気づいた夜警の者が部屋にポニーを押し込もうとしているマークを見つけて大騒ぎになった。
あの夜は夫と共にわたくしも朝近くまでマークに説教したのだった。
あとは、虫を追いかけて高い所まで木に登ったシリウスを降ろすのに、四苦八苦している者たちを見た時はわたくしは卒倒するかと思った事もあった。
貴族の奥様方にはなかなか驚かれるエピソードであるが、視察で訪れる領内の大きな農家の奥方には『そんなの男子あるあるで、まだまだかわいいくらいですよ』と笑われた。
なんでもその奥方の息子さんは、昔に崖から飛び降りて大怪我した事があったらしい。
なんでそんな事をと子に聞いたら『腕を大きく、早く動かせば鳥みたいに飛べると思った』と答えたと溜息を吐いた。
『そんなおバカな子でしたけどね、今では二人の子持ちですよ。なあに奥様のお子様たちも大丈夫ですよ』と励まされたが、わたくしはその日、視察から帰った足で子供達に人間は鳥にはなれないと話して聞かせた。
わたくしは過去の息子たちがしでかしたあれやこれを思い出しながら、あの日の農家の奥方と同じ様に大きな溜息を吐いた。
「とにかく、貴方にも小さなお家を作ってあげます。ですがツリーハウスは無理ですよ。なかなかあれは工事が大変でドニも腰を痛めたって言いますからね。
母様からもお願いしておきますけど、後で貴方からもドニにお願いしてらっしゃい」
わたくしがそう言うにつれ、目に見えるほどシリウスの目が星の様にキラキラと輝き出した。
「じゃあ僕はフェリのご近所さんになるんだね!」
そう言う事ではないとも言いたかったが、とにかく約束だけは取り付けねばならない。
「良いですか?貴方の小さいお家ができたら、直ぐにこれらを移動するんですよ!」
「はい!分かりました!」
「妹に迷惑を掛けてはなりませんよ」
「まだ迷惑掛けた事は無いけど…でも、はい分かりました」
返事の前の小さな呟きが耳に入ったわたくしはまた溜息を吐きたくなったが何とか我慢した。
その後、突貫で作業してくれたドニたちのお陰で、無事に三男の小さなお家も出来、いつの間にか夫に強請ったらしい次男のお家もその並びに出来上がっていた。
フェリーチェの小さなお茶会に招待される度に、様変わりした我が家の庭に不思議な感覚を持つが、この場でそれぞれの交流が図られている事を聞くとこれで良かったのだとも思う。
こんもりとした森の手前にある小さなお家たち、それから空を見上げて、いつもわたくしは再び訪れた幸せを神に感謝するのだった。




