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「おいおーい!誰だよ!
誰が俺の愛し子こんなに泣かせちゃってんのぉー?」
場違いの間延びした声が響いたかと思うと、ヒョイとフェリーチェは抱き上げられていた。
あまりの驚きに嗚咽も涙も止まったフェリーチェの眼前にはピンク色の髪の毛があった。
「ピンク…頭…」
「はいよ!ピンク頭神だよー。お嬢ちゃんなんだか久しぶりだね」
呑気な声でフェリーチェに挨拶をしたかと思うと、フォード神はどこからか出したハンカチでフェリーチェの涙を拭いた上、洟までかませた。
「で?で?どういう事?」
ギロリとゼン神を見たフォード神はふんふんと頷きながら事情を聞いた。
「なーるほどねぇ…まあゼンの言い分は分かったけどなぁ。
あー、お嬢ちゃん、あのね、人間と死者の…」
「やだぁ!」
「だよねー」
また表情を歪ませ、涙を溢しそうになるフェリーチェの目に新しく出したハンカチを当てた。
そして少し困った顔をしたフォード神が背中の花畑に向かって声をかけた。
「じゃあ!じゃあさぁ、おーい、もう一回出てきてくれる?」
頭を乱暴に掻いたフォード神がそう言うと、また靄が集まりケリー先生のシルエットが出来上がった。
ケリー先生は先程と違って今度は皆と同様に膝をついている。
「ねえ、君もお嬢ちゃんの言い分聞いてたでしょ?これ、どう思う?」
フォード神がケリー先生に話しかけると、ケリー先生が答えた。
『恐れ多くも主神の御前で口を開く事をお許し下さい』
「いいよ、俺が許したんだし。それに立って。俺もだけどフェリーチェもそれを望んでる」
それに返事をして失礼いたしますと立ち上がったケリー先生の靄は、真っ直ぐにフェリーチェを見た。
『フェリーチェ、貴女のそんな癇癪は初めて見ました。貴女はいつもここで自分を抑えて我慢ばかりしている所しか見た事がありません。
私は貴女の本来あるべきだった子供らしい所を見れて、微笑ましく嬉しいと思っていますが、それでも貴女に問います。
貴女はそれを正しい事と思っていますか?』
その問いに咄嗟に答える言葉が出ず、フェリーチェはグッと唇を噛み締めた。
過去、養護院でケリー先生に怒られる時と同じ口調に、フェリーチェの姿勢が自然と伸びる。
『貴女は今を生きています。
私は死者です。フォード神と我が神の温情にてここに在れる身です。これは分かりますね?』
「…はい」
『生者と死者がこの様に会話できる…これは自然な事ですか?』
「…いいえ。で、でも!」
『エル!』
ピシャリと発せられたケリー先生の、それほど大きくない声がフェリーチェの口を閉じさせた。
『今はエルと呼ばせて下さいね。
エル…私の可愛い子。私は貴女をずっと愛していますし、ずっと見守っています。ですが世の理はそれはそれです』
「やだぁ…先生いなくなっちゃうのいやだぁ!」
フォード神に抱き上げられたまま、フェリーチェは身を捩る様にして必死にケリー先生へと手を伸ばした。
『先程も我が神が仰っておりましたが、貴女は幸せです。私が常にここに在る事を知っているのですから。
貴女が私を見る事が出来なくなっても、私の声も聞こえなくなったとしても、私がここに在る事を信じられるのです。なぜなら貴女は、死者となった私の言葉を今聞いているのですから。
いつでもここにいらっしゃい。貴女がそれを分からなくても、私はここを訪れた貴女をいつでも抱きしめます』
白い靄がだんだんハッキリとケリー先生の生前の姿形になった気がした。その片えくぼの浮く、優しく笑う表情すら見える様な気がする。
その先生がフェリーチェに近づき、そっと頭を撫で、頬に流れ落ちた涙を拭ってくれた。
実際触れる事は出来なかったが、フェリーチェも頬に当たっているであろう先生の手に自身の手を重ねた。
「ケリー先生、ずっとここにいる?私を見ててくれる?」
『ええ、ええ、もちろんです。貴女を見ています。だから正しく道を歩むのですよ。エル…フェリーチェ。私の可愛い教え子』
「先生もう寂しくない?」
『ここは賑やかで穏やかで大好きな場所です。季節や時が巡ったとしても、私は我が神と共にこの地を見守る事を貴女に誓います。そしてずっと貴女を愛しているわ』
「やだけど…寂しいけど、分かった…本当に寂しいけど…もう我儘言わない」
『フェリーチェ、間違えてはいけませんよ。今回の事は世の理のお話です。
その他の事は、貴女がこれはただの我儘かそうでないかちゃんと考えて決めていくのですよ。どうか貴女の心を大事にするのですよ。
私の心を育てて下さったのはマイン先生です。きっと貴女の事も助けて下さいます。困った事があったらちゃんと相談するのですよ』
最後は養護院での優しくて心配性のケリー先生に戻っていた。
フェリーチェはそれが嬉しくて寂しい。
「ケリー先生!私ケリー先生大好き!ずっと大好き!」
フェリーチェはもっと先生に言いたい事は沢山あった。だが何をどう伝えるべきなのか、どうしても出てこない。
出て来るのは喉が引き絞られ、痛くなる程の嗚咽だけだ。
『ありがとう、フェリーチェ。私も貴女の事が大好きよ。ずっとよ。そして貴女のこれからに幸せが溢れる事をずっと祈っているわ。
マイン先生、これまでずっとありがとうございました。これからはどうか私の代わりにフェリーチェを導いていただきますようお願いします』
そう言うと深々と頭を下げた姿のまま、また先生は光の粒となって消えてしまった。
フェリーチェは消えていく先生を最後まで見ていられなくなって、フォード神の首に抱きついてぎゅっと目を瞑っていた。
ヒックヒックと落ち着かないフェリーチェの呼吸を助ける様に、フォード神が優しくフェリーチェの背中を叩いた。
「まあー、大変な事になっちゃったけど、とりあえずお墓参りしにきたんでしょう?しようか?お参り」
フォード神はホラホラとフェリーチェをあやし、地面へと立たせた。
「へぇ、随分といいお墓になったじゃないかぁ」
フォード神は腕を組んだかと思うと一歩足を引いて、片眉を上げて花畑を見た。
「でもなぁ…だけどあの石像、花畑に埋まっちゃいそうなくらいちっちゃいよなぁ…えっとぉ、よっと!」
そう言いながらフォード神が空中で人差し指をクルクルと回したかと思うと、星屑の様な光の塊をフェリーチェの買ってきた石像へヒョイと指先から放り投げた。
メキメキと音がした後にポンっと大きめの音がして、煙が立った。
その煙が風によって流されると、そこには数十センチしかなかった母子像が二メートル程の石像になっていた。
「お…大っきくなってる!」
フェリーチェを始めとする、そこにいた皆が驚きに目を見開いていると、白い石像が上から下まできらりと光った気がした。
「サービスで強靭化と防汚加工もしといたから!千年は汚れないし壊れないから安心してて!」
フォード神が親指を立てて、フェリーチェにいい笑顔を見せた。
「あ、ありがとう…ございます?」
その呑気な笑顔でフェリーチェはどっと気が抜けて、先生との胸を引き絞られる様な悲しい別れも、フォード神の粋な計らいに少し薄れた様な気がした。
フェリーチェがそっとマイン先生を見やると墓前に膝をつき熱心にケリー先生に話しかけている様だ。
フェリーチェの我儘と癇癪で、マイン先生はちゃんとしたお別れができなかったかもしれない。
フェリーチェもその隣に膝をつき、心の中でケリー先生に詫び、これからの決意を述べ、そしてまた会いに来る事を誓って、それから立ち上がった。




