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ソニーから事情を聞いて、次にマイン先生と会えた時、マイン先生がドアを開けて入ってきたのが見えた途端にフェリーチェは駆け寄って抱きついて泣いてしまった。
こんな所にケリー先生を知っている人がいた。
それも先生の先生だ。あの優しかった先生を育んだ人だ。
抱きついてしまったものの、はしたないと怒られるかもとフェリーチェは思ったが、マイン先生はしっかりとフェリーチェを抱きしめ返してくれた。
「貴女はあの子の教え子だったのですね。なんて不思議な縁なのでしょうか」
そう言うとマイン先生はフェリーチェの顔を掬い上げ、じっくりと見た後に小さく微笑んでフェリーチェの頭をそっと撫でた。
「きっとあの子は貴女を可愛がった事でしょうね」
「はい。先生は厳しい時もありましたが、でも優しい時の方が全然多かったです」
フェリーチェの手をふんわりと握ったマイン先生は、準備されつつあるティーテーブルの方へ誘いながら言った。
「そうですか。ではフェリ、今日はお部屋でお茶を飲みながら、貴女のケリー先生のお話を聞かせてくれますか?」
この国は、死者は自分の話をされる事を喜ぶとされている。残された者らが死者を偲び、思い出話をしてやるのも供養の一つとされているのだ。
なので、ケリー先生の様に死んですぐに棺桶に釘打ちされ、葬式もせずに燃やしてしまうのは、そんな話をする暇さえ与えないという罰の一つであった。
フェリーチェは先生が養護院でどういう生活をしていたのか、フェリーチェたちにどう関わってくれたのかを話して聞かせた。
ケリー先生と真逆な性格のはずなのに、なんだかんだと仲良かった、元気いっぱいのバリィ先生が良かれと思って起こした騒動に振り回されて困るケリー先生と、眉毛をハの字に下げてオロオロするケリー先生を見つけてバリィ先生に雷を落とすマーゴ先生のエピソードには、マイン先生はホホホと声をあげて笑っていた。
そしてどういう時にこんな所作を教えてくれたとか、食事中にケリー先生の方から小さい咳払いが聞こえたら『悪いご飯の食べ方』になっている合図だった話もマイン先生に聞かせた。
「そうですか。それはケリー先生は平民の中でもですが、最低限誰でも守らなければいけない部類のマナーを貴女に教えようとしていた様ですね。
所作にしても、少し大きな商店などでは、お客相手に喜ばれる、相手を尊重する所作でもあります。
ケリー先生はフェリが大きくなっても困らない様に、恥ずかしくない様に育てようとしていた様です」
フェリーチェは今更になってケリー先生の心遣いが染み入る様だった。
「本当に優しい先生でした。たまに怒られたのも私が心配させたり悪い事やったからでしたし」
「私が知っている、幼き頃のケリガン様も優しい、優秀な生徒でしたよ。それが変わらずにいた事を知れて、本当に私は幸せに思います」
二人はお互いの知るケリーを思い出して、少ししんみりしてしまった。
そこにノックが響き、ソニーが片手を上げて入室してきた。
「やあ!お勉強はうまくいっているかな?」
「あ…あ、あの…はい」
フェリーチェはまだ家族の事をなんと呼べば良いのか葛藤の中にいた。ベッドの中でお父様、お母様、お兄様と練習してみてもなかなか本人達を前にすると言葉にできなかった。
そんなフェリーチェの戸惑いを感じ取ったのか、マイン先生は不思議そうな顔をした。
「マイン先生ともケリー先生の話が出来たかな?」
「はい。私が知ってる話をして、私の知らない話をマイン先生から聞く事が出来ました」
「そうか!それは楽しそうだ!フェリ良かったね!
それでね、私が前触れなく乱入させてもらった理由なのだけどね、一つ提案があるんだけど、少し話が長くなりそうなんだ。だから私も淑女のお茶会に参加させてもらっても良いかな?」
ソニーがそう言うと、壁際に控えていた使用人たちが一斉にフェリーチェの顔を見た。
どうやら決定権はフェリーチェにあるらしい。
小さくはいと頷くと皆が一斉に動き出し、一席増やされたテーブルにソニーが着席した。
侍女長が新しいお茶を入れている間にソニーが口を開いた。
「それでね、提案って言うのがね、フェリとマイン先生も一緒に養護院に行きませんか?っていうお誘いだったんだ」
この話には、フェリーチェもマイン先生も目を見開いた。
三ヶ月間は公爵邸から出して貰えないと思っていたので、まさかの提案に驚いてしまったのだ。
「え…良いんですか?」
「本当はね、養護院とうちとで三ヶ月の期間限定で君の取り合いをしてる感じじゃないか。だから正直言ってしまうと養護院に足を向ける事で里心ついちゃうのも嫌だなぁ思うところはあるんだよ…でもね、フェリがずっと気にしてたケリー先生の件で、色々解決を見せているところなんだけど、そこにマイン先生という新たな関係者が現れたわけだろう?
これは何かの導きである様な気がするし、一回決着をつけておいた良いのかなって思ったんだ」
そこでソニーはカップを置いた侍女長に小さく頷いてからお茶に手を伸ばした。
「あの…私からもお聞きしても宜しいですか?解決…ですか?それはどういう事でしょうか?」
マイン先生が遠慮がちに口を挟んだ。
一口啜ったカップを音もなくソーサーに戻したソニーは、脚を組んで寛いでから頷いた。
「ええ勿論。事情をお聞きしてみたら先生も関係者のお一人であって、あの当時を実際ご存知だった方のお一人だった訳です。気になるのは当たり前のことでしょう。
本日は私は登城しておりませんので、あれから今現在どこまでどうなったか、詳細まで把握しておりませんが、きっと近々新聞にも大きく扱われる事でしょう。
それがたかが数日早く先生が知る事になっても、もう大した問題でもないでしょうからね」
マイン先生が頷くのを見て、ソニーは話を続けた。
「まずジェンダム侯爵家ですがね、現当主代行とその後妻による家督乗っ取りの容疑が固まりましてね、正当な跡継ぎであったケリガン嬢が今は亡き後ですので、他所から婿入りしていた現当主代行は引退届にサインをしたら収監されることになりました。
後継者は遠縁の者が引き継ぐようですよ。引責で侯爵家は伯爵か子爵くらいにまで降格はさせられるようですが。
そして乗っ取りを手引きしたとしてダンヒル侯爵家も裁かれる訳ですが、こちらもほぼジェンダム家と同様の内容ですね。
ダンヒル家の御大とその娘で後妻でもあったシェリー・ジェンダムも収監される事が決まっています」
長い上に難しい話で、フェリーチェには殆ど理解が追いつかなかったが、マイン先生までポカンと放心している。
「乗っ取り…」
「そうです。伯爵家から婿に入った現当主代行と、後妻に入ったダンヒル侯爵家の父娘によるお家乗っ取りです。全ては娘か孫娘を皇族へ紛れ込ませようとした野心のための行いでした。
そしてその愚かな野心の犠牲者がケリガン嬢だったと言うわけです。冤罪事件の被害者でした」
「まさか!冤罪であったとは!」
「なんならジェンダム家の正当な当主であったケリガン嬢の母上だって、本当に病死であったかも疑わしいと私は思っています。まあそれは今後の捜査で判明する事でしょうね」
表情にまざまざと嫌悪感を浮かべたソニーが吐き捨てるように言った。
「まあそんなこんなで、ケリガン嬢の嫌疑は晴れた訳です。それと…他にも色々あった訳ですが…これはまた後日の話としましょう。
そう!それで養護院の話です。
養護院が森を司るゼン神の聖域となりました。これは既にかなりのニュースにもなりましたので、先生もご存知でしょう。
神のおわす地があの様な廃屋もかくやという風情では良くないですからね、そこで我が家からのお布施という形での感謝を込めた寄付金などで補修工事が入る事になり、祠や巡礼地の整備を行う事になったのです」
これにはフェリーチェが反応した。
「養護院が綺麗になるのですか!?」
「ああ、そうとも。あそこは長年フェリがお世話になった所じゃないか。我が家がお返しをするのはそれは当然だろう?
それにフェリを見つけ出してくださった神々へも礼を尽くさねばならない」
優しい目でフェリーチェを見つめながらソニーが答えた。
「それにね、一連の工事の前にまずケリガン嬢のお墓も綺麗に整えて貰ったんだよ」
「お墓!」
ソニーの言葉に二人の言葉が被った。
「そうだよ。そこに二人に是非参ってもらいたいと思っているんだ。
フェリーチェとマイン先生は思わず顔を見合わせた。




