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形見じゃなくて呪いの指輪だった件  作者: よしこ
一章
41/59

41

 あの後の先生の青空教室は素晴らしいものだった。

フェリーチェは庭にある草花の説明や、それらがどうして成長していけるのかの仕組みなど、何度も色々質問してしまったが、先生は嫌な顔一つせずに話を聞き答えてくれた。


 二人の相性は良さそうだという事で、ムーア家にフェリーチェが滞在している間は週三回、数時間ずつ勉強を教えてもらえる事になった。

その他にもマナーの先生とダンスの先生も週三回ずつやって来る事になって、一日勉強ばかりしている日もあるくらいのなかなかの忙しさだ。


 それぞれの先生にも会って授業を受けたが、公爵もあえて意識的に柔和な先生を選んだ様で、フェリーチェも怯える事なくすんなり馴染むことができたが、何よりも学ぶ事が楽しいと思えた。


 フェリーチェは日々の労働のおかげか、体力的にもダンスの授業には付いていけたし、リズム感も悪くないと褒めてもらえた。

ただやはり壊滅的だったのはマナーで、見よう見まねから始めても、なぜこんな堅苦しいルールが必要なのかが分からない。


 この日は小さなお茶会形式での授業となった。

おばあちゃんの様な年齢の小柄な先生は、白髪頭をふんわりと纏めているが、庭の大きな木陰に設えたティーテーブルに降り注ぐ木漏れ日はキラキラと髪の毛を透かせて見せた。

フェリーチェはそれを見て、あの不思議な神の庭であった運命の神様を思い出していると、マナー講師のマイン先生が口を開いた。


「フェリは、何故マナーが必要だと思いますか?」

「えっと…えっと、貴族の方に失礼がない様に?」

「ホホホ、それでは半分正解ですわね。

本当の正解は誰であっても失礼がない様にです。平民であろうが貴族であろうが、相手の立場は関係が無いのですよ」

「でも養護院ではこんなに窮屈…いえ、あの…気を遣って生活していませんでした」

優雅だが自然な所作で先生は一口お茶を飲んで、音もさせずソーサーにカップを戻した。

「そうですね。そこは生活の場であったからという事も一つでありますが、相手に気を遣わせない事が平民のマナーであるからでしょう。それはそれぞれに合わせる事がマナーですわね。

ですがフェリ、そもそもマナーとは何なのでしょうね?」

また先生から質問されて、フェリーチェはドギマギしてしまった。


「マナー?…マナーは…規則とか約束ですか?」

「フェリ、私はマナー気持ちだと思っているのですよ。あなたを大事に思っていますとか、この場を楽しんでいますとかを表す気持ちがマナーだと思うのです。

それが規則とか約束に変わってしまっている部分も多々あるかと思います。ですが元来は相手を思いやる気持ちがスタートだったと、私はそう考えています」

「思いやる気持ち…」

「そうです。例えばね、相手が心を込めて美味しいお茶を淹れてくださった。それにこちらも最上級の感謝の気持ちを態度に表す為に、美しい所作で頂く。それを見た茶を供した者もそんなに美味しく飲んでくれたのかと嬉しくなる。供する者、頂く者、お互いへのありがとうの気持ち。これがそれぞれのマナーの本質ではないでしょうか。

それに大体の貴族の食事は綺麗に盛り付けられて供されますが、それを最後まで崩さず、綺麗に食事を終えるのも作って下さった方、出して下さった方への感謝の表し方だったのではないかとも思いますわ」

フェリーチェはなるほどと思ったのと同時に、ケリー先生も所作がとても美しかった事を思い出した。


「養護院にいたケリー先生も、とっても綺麗な動きをしていました!」

「その方は平民の方でしたの?」

「いいえ。元貴族だったそうです。確か侯爵…?だったはず」

一瞬先生は何かを考える様な素振りを見せたが、すぐにフェリーチェに話しかけた。

「その先生はきっと長年努力を重ねてマナーを学び、身につけていらっしゃったからこそ、その様にフェリの記憶にも残る様な美しい動きをなさる事ができたのでしょうね。

気づいていなかったと思いますが、実はフェリも平民とは思えない動きを時々しているのよ?どういう事かと思いましたが、きっとその先生の影響なのでしょうね」


 その言葉にフェリーチェは驚いた。

確かにケリー先生は食事の仕方にもうるさい時があったし、時々こうすると手の見え方が綺麗ですよなどと細かい事を教えてくれる時があった。


 どんな形であったとしても、フェリーチェの中にケリー先生の教えの一部が残されていた事はとても嬉しかった。

「嬉しい!先生…死んじゃったのだけど、先生は私の中で生きていてくれてる気がします!」

そこでかちゃりとカップが鳴った。

驚いたフェリーチェがマイン先生の顔を見ると、真っ青な顔がそこにあった。

「先生?」

「死んで…亡くなってしまったのですか?」

「は…はい。ちょっと前にです」

異変を感じ取ったサリーがすぐさまフェリーチェに寄り添った。

「そんな…ケリガン様が…」

「マイン先生、お顔の色が優れない様です。別室を用意させますので、先生はそちらに移動なさいます様に。

お嬢様はお部屋に参りましょう」

バタバタと使用人たちが動き、心配ではあったがマイン先生とフェリーチェは引き離された。


 夕食を食べる間もフェリーチェの気は全く晴れない。

マイン先生の急に変わってしまった顔色と思い詰めた様な目が、ずっとフェリーチェの頭の中でチラついていたからだ。

そんなフェリーチェを心配そうに見ている家族の目線にも全く気付かないほどに。


 その夜、フェリーチェの部屋にソニーが訪れた。

「今日はびっくりしただろう?」

「はい。先生の急に顔色が悪くなって…私、何か悪い事言ってしまいましたか?」

フェリーチェはずっと心配して考えていた事をソニーに打ち明けた。知らず、先生の気分を害する事を言ってしまったのかもしれない。

「ああ、そんな事は無いよ。先生の個人的な事情だったんだよ。少し長くなるけどね、フェリ、聞くかい?」


 おずおずとフェリーチェは頷いた。

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