4*傍流
俺とジンとで四苦八苦しながら、今ある材料で今出来る修繕をしていると下から呼ぶ声がした。
ジンが屋根の下を覗き込み、おうと返事をすると俺にエルが呼んでると言った。
昼飯が届いたらしい。
ジンとハシゴを下り、裏庭の水瓶で手を洗うとエルが持って来てくれた盆を受け取る。
盆の上には黒パンに屑肉とチーズと野菜が挟まった物がジンの分と二つずつ置いてあった。
ここの昼飯にしては豪勢な物だが、ゾーイ婆さんからの心遣いだろう。言うなれば今日の賃金代わりか。
齧り付いていると、エルがコップに水を汲んできてくれたので礼を言いつつ受け取る。
あれで本人は隠しているつもりの様だが、エルは羨ましそうに俺たちの食事を見ている。
「エル、お前も腹減ってんだろう?一緒に飯食おうぜ」
「え!いいよ!大丈夫!ゾーイ婆がご飯作ってくれてるから、私あっちで食べてくる!二人はまだお仕事あるんだからいっぱい食べなきゃ!じゃあ私行くね」
ジンが二つあるパンの一つをやろうとすると、もじもじと恥ずかしそうに断りながら、エルは厨房へ走って戻ってしまった。
薪や木材にするために、去年の冬に切り倒してしまった欅の切り株にジンとそれぞれ座りながら、走り去るエルの後ろ姿を俺は眺めていた。
「エルもなぁ、もっと食わせてやりてえよな。あれで七歳だって言ったって、あのガリガリでチビっこい見た目じゃ何歳だか分かんねえよな」
「あいつ、あんなちっちゃいのに、文句も言わねえで這いつくばって床拭いててさぁ。手なんかあかぎれでそこら中真っ赤っかなんだ。
ここじゃみんな働くの当たり前って言ったって、あんなチビだと見てるだけで、何だかどうしても可哀想になっちゃうんだ」
俺の言葉に、口の中のパンを咀嚼しながらジンが答えた。
エルは五年前に院の玄関前に捨てられてた子供だ。
夜中に玄関の呼び鈴が鳴って、更にドアがガンガン叩かれたので何事かと当時の院長が出て行ったが、泥汚れや枯れ草がこびりついた茶色い髪の、ガラス玉の様な薄茶色の瞳には何の感情も映していない、ぼんやりとした子供だけが置き去りになっていて他には誰の人影もなかったそうだ。
その日はえらい寒い日だったが、騒ぎを聞きつけた皆が集まった輪の中で、少し分厚いくらいの貫頭衣を着せられていただけで、頬を真っ赤にさせて泣きもせずエルは震えながら突っ立っていた。
エルには身元が分かりそうな手紙やメモも持たされてはいなかった。
身につけていたのは、エルが握りしめていた古ぼけた指輪だけで、それは売っても金目にはならなそうなオンボロ品でそのままエルの私物となった。
本来なら翌日にはエルは孤児院に引き渡されるはずであったが、夜中にも関わらず騒ぎで起き出してきたゾーイ婆さんが、ジンとヘナ兄妹の為にもエルはここに留め置いた方が良いと言い張り、本気のゾーイ婆さんに敵うものは誰もおらず、そのままエルはここの住人となった。
その頃、ゾーイ婆さんは孫娘とひ孫を伝染病で喪くしたばかりでしょぼくれていた時期だったから、ひ孫と同じくらいの年頃のエルを手放したくなかったのだろう。
今の厳しい様子じゃ考えられないくらい、あの頃は幼いエルを舐める様に可愛がっていたものだ。
そして婆さんの主張した通り、今ではジンとヘナにとって可愛い子分の様な存在となっている。
俺の頭の中にエルを筆頭とした年若い住民たちの顔が浮かんだ。
見かければ皆、汚ねえおっさんの俺を捕まえては、あれだこれだと戯れ付いてくる。
ここにいる者は俺も含めて皆訳アリだ。若い者は特に家族に捨てられたものばかり。こんなおっさんの中に父親の姿を探しているのかもしれない。
ゾーイ婆さんの心遣いをありがたく平らげ、手や服に付いたパン屑を叩き落とすと、エルの汲んでくれた水を飲み干した。
「そうだなぁ、頑張って食わせなきゃなぁ。俺はお前ら全員の父ちゃんだもんなぁ」
「え?」
ドーンの発言に驚いた様に見上げるジンの目線を気恥ずかしそうに避けたドーンは勢い良く立ち上がった。
「ジン、直せるところは今日で直しちまおう。無理な所は俺がガンガン稼いでくるから!そしたら直そう。
そうだな…そうだよな、俺ももうそろそろ現実を見なきゃなぁ」
立ち上がった勢いのままドーンは歩き出し、そのままハシゴに足を掛けた。
その後ろ姿をジンが眩しそうに見つめていた事にドーンは気づいていなかった。




