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形見じゃなくて呪いの指輪だった件  作者: よしこ
一章
38/59

38*傍流

 カインが耳まで真っ赤にして、うっとりとした顔で頷き返すのを見た時、スージーは吹き出しそうになった。

なんてチョロい男なんだろう。内容も見返りが何なのかも聞かずに返事をするとは間抜けにも程がある。

スージーは使いやすい駒ができた事は良かったと思ったが、使い方を気をつけなければ足を引っ張られかねないとも思った。


「私ね、お姉様が怖いのよ」

顔の位置は少し離したが、相変わらずカインの手に添えたままの親指を滑らせ、それを見ながらスージーは言った。

「怖い?…だってケリガン嬢は…」

「ええそうね。表舞台からは消えたわ。だけど今でも私の命を狙っているんじゃないかって怖いの」

「でも君は妃殿下となられる身で、護衛だってたくさん付いてるじゃないか」

「そうね。でもあの蛇のようなお姉様だったらどうにかして私を殺しに来るかもしれない!」

そう言うと、スージーは両手で顔を覆って肩を震わせた。


 蛇のようなお姉様…その言葉を聞いた時、カインは二番目の兄の目を思い出した。

カインが教会に入る日まで監視を続け、カインが家から逃げ出し、何処かで幸せになる事を絶対に許さなかったじっとりとした視線。

時折金の無心であろう手紙は来るが、カインは封を切る事もせずそのまま捨ててしまうので、今あの家族がどうなっているのかも知らないし知りたくもない。


「なるほど…それで私はどうすれば?」

パッとスージーが顔を上げた。

「引き受けてくれるのね!?」

「貴女が私の気持ちを分かって下さったように、私も貴女の気持ちが分かるのです」

スージーは今度は両手でカインの手を握った。

「あ…ありがとう」

スージーの目の端にはうっすら光るものがある。それに気づいたカインは、耳たぶをまた少し赤く染めて目を逸らした。


「あのね、お姉様の居場所が分かったのよ。だからカインにお姉様の動向を見張って欲しいの」

「ですが…私は教会付きなので、おいそれとどこかに行くわけには…」

「ええ、教会に居てくれたからお願い出来るのよ。姉は今養護院に勤めているらしいわ」

「ああ、あの街外れの」

「そう。私、教会内部の人事を受け持っている人と懇意にしているのよ。だからカインをそこの院長にして貰える様にお願いするわ」

「ですが…外部施設の長となるには、まだ私の階位が足りません」

順調に出世と先程スージーが言っていたが、それでも同期より少し早いくらいで、養護院で院長を務めるには二つほど階位が足りないはずだ。


「大丈夫よ。教父まで上げてもらえるように頼んでおくから。推薦人はうちの父と祖父にお願いしておくからね」

神に仕える身とはいえ、それでも実際は政治と貴族の力は大きく働く。二つの侯爵家からの推薦があればお釣りが来るであろう。一気に二階級昇進も無理な話ではない。


「ですが、そ…それは!」

「お給料も上がるし、教父ともなれば、この地域でも主幹神職でしょう?実家の男爵家よりよっぽど上の立場になれるわ!」

ニコニコと無邪気に笑うスージーの顔を驚きを隠せない表情でぼんやり見ながら、カインは想像してしまった。

カインは今よりも上位の神職色を纏い、その前に跪く父と兄たち。

そんな瞬間が来た時…きっと兄たちは屈辱に塗れるだろう。見せかけの従順の態度を見せながらもその表情は酷いものだろうなと考えるだけで胸がスッとした。


「では私は養護院に異動し、ケリガン嬢を見張れば良いのですね」

「そう。お願い出来るかしら?できれば二度と私に刃を向けないように強く指導して欲しいのよ」

「承知いたしました」

「私は…そうねマリアって名前で貴女に手紙を書くわ。それで定期的に報告書をお願いするわ」

「お任せ下さい」


 姉の首に鈴を付ける事が出来て、スージーは高笑いしてやりたくなった。これでケイン経由で姉をどうとでもしてやる事が出来るようになったわけだ。


 ところが、何とか皇太子妃になるとケリガンどうこうどころの騒ぎではなくなったスージーは、同時にほぼ姉への興味を失った。

だが、養護院で院長になったカインからは定期的に連絡は来たので適当に返事は書いていた。姉への嫌がらせ程度の指示を書き込んだりもした。

だが、院長の暴走が始まっていた事は、スージーの預かり知らない所だった。


 カインは自分の実家の者たちにいつ何処で会っても良いように、良い持ち物、整った身だしなみを求めるようになり、足りない金を補う方法として養護院に入る金を横領する事を思いついた。

更に実家にも親族にも見放されたケリガンを、自分より下に見るようになって便利に利用し始めた。


 そしてあの日、教会本部へ院長による横領の告発を決めたケリガンに自首を勧められて、逆上したカインはその首を絞めて殺してしまった。


 養護院の広場で積み上げられた木材に油が撒かれ、火がついた時、カインは心底ホッとした。これで全て面倒事は燃えてしまってお終いだ。

鼻歌でも歌いたい気分だったが、もう見てられないという顔で踵を返し院長室に籠った。そこで焼き上がりを待つばかりだ。


 この時カインは、この後、数ヶ月も待たずに今度は自分が裁判にかけられる事もなく、闇に葬られるとも考えもしていなかった。

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