36*傍流
陰気でバカな姉が家から追い出された後、スージーは頻繁に見舞いに訪れてくれた皇太子と順調に愛を育んでいった。
父と、母方の祖父もスージーたちの仲を歓迎し、強く推してくれた事もあり、婚約まで比較的簡単に事は進んだ。
だがその際に『これからは教育に力を入れる様に』との皇妃からの余計な一言まで付いてきたが。
これにはスージーは全く意味が分からないと思った。
お茶会の所作やマナーもダンスの腕前も誰からも美しいと褒められる程だ。
皇妃となるにはこれ以上何を勉強しろと言うのか。
国の運営は後に皇帝となる皇太子が受け持つものだ。
スージーに求められる役割と言えば、夫を支えるために社交界での潤滑剤として人脈を作る事と、文化の向上のために経済を回す事しかないはずだ。
近い将来、義母となる皇妃の言葉の意味をそう考えついたスージーは夜会に出る頻度を上げ、それに合わせて衣装や小物を買い求めた。
スージーはこれこそ皇妃となるのに必要である事と信じて疑わなかった。
するとスージーの周りの者たちが、競う様にスージーの装いの真似をし始めた。
「だって、スージー様のセンスは素晴らしいのですもの」
先月スージーが着用したドレスと、ほぼ同じ意匠のものを纏った取り巻きにそう言われれば悪い気は起きなかった。
「スージー様ご覧になって!皆様スージー様がご懇意になさってる宝石店から購入した髪飾りをしていますわ」
「まあ!本当ですわ!ああん悔しい!わたくしも早く買いに行けば良かったですわ」
「素晴らしいわぁ!まさにスージー様は社交界のファッションリーダーでございますわね」
その言葉につい広い会場を見渡したスージーは、皇太子の婚約者として社交界に受け入れられている実感が一気に湧いた。
ーーーやっぱり間違っていなかったんだわ!
それからもスージーは煌びやかなドレスを纏い、夜な夜な社交に重きを置いて活動を続けた。そうすると昼間は殆ど動きたくなくなるが、立派な皇太子妃となるためには必要な事なのだ。
だが、数年を経ていよいよ二人の成婚に向けての議会承認となった折、風向きが変わっていた。
「何故!?何故議会で反対が起きるのよ!」
スージーは婚約時と同様にすんなり認められると思っていたが、多数の貴族議員が二人の結婚反対に回っているらしい。
自宅のサロンでギリギリと手に持つ扇子を握り締め、いきり立つスージーを母であるシェリーがはしたないわよと諫めた。
「わたくしの可愛い子、落ち着きなさい。どうせ貧乏貴族が我が家とお祖父様が力を持ちすぎるのではないかと危惧しているのよ。きっと」
スージーの対面に座っていたシェリーは、紅茶で口を湿らすとカップを置き、わざわざ移動して娘の隣に腰を下ろし、そして囁く様に娘に耳打ちした。
「大丈夫よ、スージー。お母様もお父様も、もちろんお祖父様も貴女の味方ですもの。
ねえ?お母様が今まであなたに嘘をついた事があったかしら?
ふふふ、大丈夫よ、あなたは必ず皇太子妃になるわ」
クスクスと小さく笑いながら、シェリーは娘を抱きしめた。その胸に寄り添いながらスージーはイライラする胸を抑えきれずにいた。
一体私の何が悪いって言うの!?
本当に世の中クズとバカばっかりで嫌になるわ!
そんな時であった。あの姉の目撃情報がスージーの耳にも入ったのだ。
「あれはきっとケリガン様だったわ!」
取り巻きの一人のティモシーがある晩、興奮気味に言った。
ティモシーは奉仕活動で出かけた先の施設に姉の姿を見かけたそうだ。
姉はだいぶ草臥れた雰囲気であったそうだが、訝しげに見るティモシーに気づくと顔色を変えて奥に引っ込んでしまい、それからティモシーが帰るまで出てこなくなったそうだ。
「絶対に!あれはケリガン様でしたわ!」
新しいネタを仕入れてきて、皆の注目を浴びるのが相当嬉しいらしいティモシーは、得意げにどこで見たのか、どんな様子だったかを微に入り細に入り皆に語って聞かせた。
「ふーん…養護院にいるの…ね」
獲物を見つけた猛禽類の様にスージーの目が昏く光った。




