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形見じゃなくて呪いの指輪だった件  作者: よしこ
一章
33/59

33 *傍流

「では、なるべく早くにご病気になっていただくという事で宜しいか」


 皇帝も臨席する少人数用の皇城の会議室で、カリオス皇国の筆頭公爵家当主であるソニー・ムーアが、机の上に組んだ手の上に顎を乗せたまま冷たく言い放った。

皇帝はチラリとだけソニーに目線を送ったが、口を開く事はなかった。


 その二人の様子を見ていた宰相が小さく溜息を吐いてから、仕方なく代わりに口を開く。

「皇帝とて…我々とて、これまで何度か内々では今後どうするかは話し合ってはきていた。それでも色々決めかねていたところもあったのだが…しかし…神々の件も然り、さらに冤罪と家督の乗っ取りの件など、こう次々と決定打が出てしまえば、国の安寧を思えばやむなしと…ムーア閣下に賛同する」

皇帝も宰相と同じ意見なのであろう。相変わらず口を開こうとしない。


 ざわつきはあってもなかなか表立って誰も口を開こうとしない会議室は、ズブズブと重苦しい雰囲気に沈み込んでしまった。

しかし結局の所、先ほどのソニーの発言の通り、この場で皇太子は表向きは重い病気の為、王族の療養の場とされている皇城にある北棟の一室に永蟄居する旨が正式に決定された。

もちろん病気の皇太子は、単なる第一皇子に戻る事となる。

皇太子は一から選び直しだ。


 この国全体を揺るがすであろう事態へと動き出したのは、フェリーチェが見つかった事がきっかけだ。

フェリーチェがしきりに気にしていたケリガンの件について、ソニーに命じられたムーア家の影たちが少し探るだけで、簡単に様々な罪の痕跡を見つけてきた。


 まずはケリガンの殺人未遂であるが、事件後に暇を貰い、里に引き篭もったケリガンの元侍女を探し出し、そこを起点にして以降、公爵家の全力を以って一から洗い直した。


ーーー茶会の際にスージー・ジェンダムのカップに毒を入れれば、それだけでいい。

そうするだけで全ての筋書きは勝手に進むと言われたと、ムーア家の裏部門での尋問中に涙ながらに元侍女は答えたと言う。

言われた通り事を成した元侍女は、法外な報酬は貰えたものの身の危険を感じ、早々に自身の田舎に引っ込み、何となく状況を察した家族や親類などに守られて今まで生き延びてきたらしい。

そしてそれを元侍女に指示した人間は、ジェンダム家の侍女長で、侯爵家からの嫁入りの際にシェリー・ジェンダムが連れてきた、侯爵夫人の幼少期からの腹心だった。

この時、元侍女が真実を語った瞬間が、貴族雀どもの予測や噂話でしかなかったものが、現実の冤罪事件となった瞬間であった。


ーーーーー


 いくら冤罪だと叫んでも、誰にも話を聞いてもらえないまま家を追い出されたケリガンは、数年後ケリーと名を改め、誓願を立て、正式な修道女としてフェリーチェのいる養護院に派遣されてきていた。

しかしそこで、前院長の異動に合わせて派遣されてきた院長と再会してしまった。

幼馴染でもあり、学院の元同級生で、当時そこそこの交流のあった二人は、仕事外でも親しく会話する事も増えるようになる。

最初はケリガンの境遇に同情的な素振りを見せて、院長はすんなりと懐に入り込み、これまでほぼ誰からも優しくされた事のなかったケリガンを丸め込み、男女の仲になると密かに結婚の約束までしていた。


 二人で還俗する為にはある一定の金額が必要である事、この地区の教父として、教会に申請しても通らぬ支援金を貧困にあえぐ、もっと支援を必要としているスラムなどへ養護院を経由して資金調達したいなどと、あれこれ理由をつけては、ケリガンに養護院用の資金を別の場所にプールさせた。


 実際は全てが院長の贅沢に消えていた金だが、ケリガンは自分たちと恵まれない誰かの為になる金だと信じて、せっせと言われるがまま中抜きを続けた。

ケリガンがなるべく見ない様にはしていても、院長の身の回りに贅沢品が増えていく事も悩ましかったが、何よりもケリガンが中抜きしている金の中には、自分たちの還俗の資金も含まれていると考えると常に良心の呵責に苛まれていた。


 それに最初はバレない程度の少額だった中抜きも、一年、二年と過ぎていくうちに段々金額が増えていく。

ケリガンは時折院長をやんわりと諌めたが、聖なる役目なのだと言い返されれば、確かに行き届かない所に神の御手を差し伸べる行為が途切れるよりはマシなのかもしれないと思い直した。


 …いいや、ケリガンはそう思いたかっただけなのかもしれない。この歳になって、この立場になって初めて貰った他人の優しさと温もりだ。

これを逃したらもう次は無いだろう。そう思えば失うのが怖かったのだ。


 そんな中、養護院でも最年少のフェリーチェが、ある日外回りから帰ってくると擦り傷だらけで、口の端が切れ、頬も腫れている。

何事かあったのは明白であるのに、フェリーチェを手当する養護院の住民たちもフェリーチェ本人も何も言わない。まるでそれが当たり前かの様に淡々としているのだ。

それを見たケリガンは、まるで自分が頬を叩かれたかの様な衝撃を受けた。

本来の補助金が養護院に入っていれば、幼いフェリーチェは外に働きに行く理由すら無かったのだ。


自分たちのせいで…


 ケリガンは大きく後悔した。


 ケリガンは漸く物心つき始めたくらいの年頃で母を喪った。すると元々関係が希薄だった父がすぐさま新しい母を連れてきて、今まで優しくしてくれていた使用人たちもほぼ入れ替わり、そのうち誰もケリガンに見向きもしなくなった。

流石に侯爵家長女としておかしくない程度の、必要最低限の身の回りの世話や教育は受けていたが、どの時期を思い出してみても寂しい幼少期だった。

再婚後すぐに生まれた妹が誰からも可愛がられているのを見るのも嫌で、ケリガンは部屋に閉じこもって本ばかり読んでいた。

学園に入って仲良くなった初めての友も、妹が入学してくると潮が引く様に、何故かケリガンの側に寄り付かなくなった。


 定期的に個人的な交流を持つ機会があった婚約者である皇太子も、いつしか妹を含めた交流となり、やがて暫くしてケリガンは蚊帳の外に置かれる様になった。


 ケリガンは皇太子を愛していたわけではない。

だが、用事で少し席を外したケリガンが三人だけの茶会の席に戻ると、二人は庭の散歩に出かけたとかで、そこには綺麗に片付けられたテーブルと椅子以外、何も、誰もいなかった時の寂しさと虚しさは、思い出すたびに胸を掻きむしりたくなる様なケリガンの傷になっていた。


 金の事を院長に問いただす事で失うものは大きいかもしれない。だが修道女として神々や幼いフェリーチェに知られても恥ずかしくない道を選び直さねばならないと、フェリーチェの腫れた頬を見た日にケリガンは心に決めた。


 寂しさや虚しさは嫌と言うほど知っている。

あれをまた味わうのかと思うと足が竦む。だがそれに立ち向かい、乗り越える時なのかもしれない。

元々ケリガンは何も持っていなかったのだ。それに気づきたくなくて、目を逸らして他の誰かを傷つけてしまった。


 後悔の念を持ったまま、ケリガンは院長と対峙した。


ーーーそして今、冷たい土の中で神と話をしているのだった。

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