32*傍流
ずっと行方不明になっておられたお嬢様が見つかり、明日にはお屋敷に戻られる事が、一室に集められた使用人たちに告げられた。
皆の前に立ったシモン様とサリー様から聞かされた話は衝撃的過ぎた。
王族の次にこの国で権力を持つ、筆頭公爵家であるムーア家。
そのムーア一族諸共がある日突然、政敵であったデイル侯爵家に襲いかかり、影も形も残らないくらい壊し尽くした『粛清の一週間』と言えば、この国の貴族であれば知らぬ者は居らぬだろう。
故にムーア家には虎の尾を踏まぬ様にと王族も含め、この国にある貴族たちから敬意と配慮が常に払われている。
様々な噂で上塗りされて世の中には真偽不明とされていて、大っぴらには公表されてはいないが、屋敷に仕える者の中では、攫われたまま生死不明の行方不明であると公然の秘密であった末娘であられるフェリーチェ様がその様な生活をなさって生き延びられていたとは。
ここにいる皆は信じられないといった顔でお互い顔を見合わせている。
ミミがここに奉公に上がる事が決まったのは『粛清の一週間』が終わってまだ一年も経っていないくらいだった。
両親は反対したが、破格の給料に惹かれて貧乏伯爵家の長女のミミは奉公を決めた。
まだお金のかかる弟妹がいるのでミミは少しでも家にお金を入れたかったのだ。
だが勤めてみると苛烈で冷血と言われる公爵家は、拍子抜けするほど居心地が良かった。
厳しいが面倒見の良い執事長と侍女長が纏める使用人は質が良く、躾が行き届いていた。
主人一家は血まみれなどという物騒な噂とは全く違い、穏やかな方々で使用人を蔑ろにする事も無かった。
それでも主にミミがお仕えする奥様は寝込まれる事が多々あったし、ご主人様はお忙しい様で深夜までお戻りになられない事も多かったし、坊っちゃま方も覇気がないと表現できるほど随分と大人しく、決して仲の悪いご家族では無いのに何だか不自然さを感じさせるご家族であった。
その事情をミミが知ったのは、休憩時間に聞いていた使用人同士での声を顰めた雑談の中であった。
それによって何故あの『粛清の一週間』が起きたのかも知った。ご家族の不自然さもお嬢様というパーツが欠けているのだ。そうなってしまうのも当たり前であった。
そのお嬢様が神々のお力で無事に発見されお戻りになる。とても喜ばしいニュースであった。
「しかし喜んでばかりはいられない」
厳しい顔でシモン様が言った。
「お嬢様は養護院というこの国では差別の対象となりがちな所に長年お住まいになっておられた。
お嬢様とお会いした旦那様の仰る事によると、自己肯定感が低く、平民としてお育ちになられているので、貴族に戻られる事に恐れを抱いておいでだそうだ。
なのでここに戻られる事も大分渋られたそうで、滞在期限は三ヶ月となっている」
これには皆が騒めいた。
それを遮る様に今度はサリー様が少し声を張って話し出した。
「三ヶ月…これは神々も関わる契約です。必ず守られなければならない約束です。
ですが!お嬢様がこちらに残られても良いと思われた場合はこの限りではありません」
話を聞く者の口々からおおっと声が漏れた。
「我が主人御一家はお嬢様がここに残る事を強く希望しています。
ですから!私たちが何をすべきか分かりますね?」
サリー様は厳しい目線を目の前の私たち全員に向けた。
「かと言って…何も阿り媚びへつらえという事ではありませんよ。そこは決して間違えてはなりません」
ミミは自慢では無いが実家がかなりの貧乏だ。
そんな家であったから、ミミが子供の頃から茶会などの社交に出ても、そこにいる誰かしらに冷たい目で見られたり、まともに会話すらして貰えず、バカにされた様な態度に出られてしまうのは常だった。
男性からは家への援助と引き換えに愛人になれと迫られた事だってある。
実家の金策とやりくりに疲れ果てたミミも、一時は長く家族ごと面倒を見てもらえるならば、それもやぶさかでは無いと考えてしまう事すらあったが、そんな紙より軽い約束を信じてあの軽薄貴族たちに関われば、一夜でゴミ屑よりも簡単に捨てられることなど明白であると、すぐさま思い直したのだけれど。
そんな日々を経て、ミミは貴族令嬢としての一つの道を歩む事を諦めた。そしてそれがもう一つの道である、高位貴族の屋敷で侍女として働く道を歩む事にした。
お嬢様はミミが受けてきた以上の蔑みを受けてきた事だろう。
他者へ金や物を施すほどの余裕など無かったミミの実家は、教会からの指導にある、持てる者のノブリス・オブリージュは実労として義務を果たしていた。
その際に訪れた事がある孤児院や養護院は、子供心にも響くもののある環境だった。
貴族であるが、その実、それは名ばかりの身分であるミミには少しだけそこに住む者たちの気持ちが分かる気がしたので、ミミは一生懸命子供達に刺繍や勉強を教える事で施しとした。
その間も貴族や平民たちによる、施設の住民たちへの醜い振る舞いを何度も見た。
貴族の中での最下層と平民の中での最下層…客観的に自分の立ち位置を見せつけられている様で、あの頃のミミは胸が痛かった。
ーーーああなんて事!あの中でお嬢様が生活なさっていたなんて…
お優しくして差し上げたいとミミは強く思った。
貴族だって悪い考えを持った者ばかりで無いと、お嬢様に知っていただきたかった。
そんな事を考えている中でふと、ずっと会えていないミミの弟妹たちを思い出した。
ほぼ平民の様な生活をしているので、特に次男がやんちゃばかりで勉強が捗らないと、以前貰った母の手紙にあった。
遠く、この国の僻地にある実家にはもう何年も帰れていない。
母は小さな領地運営の仕事もそうだが、父と共に領民と共に畑仕事へ出る事もしばしばであったので忙しく、ミミが弟妹を育てたようなものだ。
あれは普通の令嬢とは掛け離れた生活だったであろう。だが関係は密で、そして何よりも楽しい毎日だった。
雑で言いたい放題だった上の弟妹の陰で、引っ込み思案だったが、皆から可愛がられていつも小さく笑っていた末の妹。
みんなどれだけ大きくなっただろうか?元気だろうか?
ミミにはお嬢様が戻られる前にやらねばならない仕事が山盛りあったが、時折家族について考えてしまう時間が増えた。
ーーー自分の家族と公爵家の家族
ミミは…家族のためとかなんだかんだ理由をつけて、貴族令嬢としての茨の道から逃げてしまっていたのかもしれない。
反面あの時には必要な決断でもあったのだと思う気持ちもある。
そして歪だったこの公爵家はどうやって家族の時間を取り戻していくのだろう。
ミミはチリジリと舞う思考の中で、自分の人生と仕事のためにも、ちゃんと二つに家族を見つめてみよう、そう心に決めたのだった。




