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何度も何度も湯を変えては全身を洗われたフェリーチェは、皮が何枚も剥けた様な心地だった。
洗われた後、良い匂いのするクリームや香油を肌や髪に塗ってもらい、今は鏡の前に座り、侍女の一人がフェリーチェの髪の毛を櫛削る様子を鏡越しに見ていた。
昨日までの茶色で汚れのこびり付いたボサボサ髪も、良く洗われ、少しの油を落とされた今では、未だ見慣れぬ水色の不思議な光沢を放っている。
それでも傷んでいるところはあった様で、少し整えても良いかと聞かれたので、フェリーチェはお願いしますと頭を下げた。
チョキチョキとハサミを使う音が響き、切った髪の毛が入らない様にと目を瞑っている間に、すっかり垢抜けた髪型に大変身していた。
「まあ!可愛いらしくしてもらったわね」
鏡の中に侍女の後ろから嬉しそうに笑うエレンが見えた。
そんな事を言われた事のないフェリーチェは照れて下を向いてしまった。
「まあ!お嬢様。お髪を切っている最中ですからね。頭をお上げくださいな。まだまだお可愛らしくさせていただきますわ」
元気な侍女の言葉にフェリーチェは慌てて顔を上げた。
「ありがとうございます。私はミミと言いますわ。これからはお嬢様の身の回りのお世話をさせていただく予定なのです。ですので、今日は髪の毛を縛りたいとか、クルンクルンの髪型にしたいとか、ご要望がございましたら何でもおっしゃってくださいませ」
ミミという侍女が鏡越しにフェリーチェに言った。
その言葉に戸惑ったフェリーチェはついエレンを見てしまった。
「ええそうよ。ミミはねえ、ここの屋敷で一番上手に髪を纏めてくれるのよ。わたくしもお願いしているの。だからフェリーチェもたくさんお願いしてごらんなさい。お下げだってツインテールだって何だってやってくれるわ」
「ツインテール?」
「ふふふそうよ。貴女くらいの年頃の子にはとっても可愛らしい髪型よ。そうだ!ミミ、フェリーチェにツインテールってこんなものってやって見せてあげてくれないかしら?」
良い事を思いついたとばかりに、エレンが小さく手を叩いた。
「そうですね!きっともっとお可愛らしくなられる事でしょう!」
そう言うとミミは器用に櫛とブラシを使い分けしながら、左右に髪を分け縛った後に、垂れ下がった髪先だけをクルクルと巻きを作って弾む様に揺れるツインテールを完成させた。
「きゃあ!なんて可愛いの!
サリー!この髪型にはお洋服はこれではないわ!あのピンクの花柄の方がきっと合うわ。持ってきてちょうだい!」
はしゃぐエレンに合わせて、数名の侍女たちもリボンなどの小物を片手に騒ぎ出した。
急に変わった弾ける様な場の雰囲気にフェリーチェが固まっていると、そっと顔を寄せてミミが言った。
「お嬢様がお可愛らしくてみんな舞い上がってしまったのですわ。どうか皆にお任せ下さいませんか?
これまでこちらのお屋敷は坊っちゃまたちしか居られませんでしたので、実は皆実力を出しきれなかったのです」
「実力?」
「はい。そうでございます。まず奥様はお可愛らしいものが大好きでしたのに、成長あそばした坊っちゃまたちは、華美な服装は完全拒否。
あちらに居ります赤毛の侍女のナンシーは、繕いなどプロ級なのでございます。奥様のお衣装のアレンジだってチョチョイのチョイ。でございます」
そう言いながらミミは指先を宙で振って朗らかに笑った。
「そしてあちらのポリーはお茶を淹れるのがとっても上手なんですよ。コックとも仲が良いので、美味しいお菓子をいつもリクエストしては作って貰ってきてくれるので、みんなからも大好評なのです。後ほど…夕食前ですから少しだけおやつを持ってこさせましょう。その時美味しいお茶もご堪能して下さいませ。
まだまだ何人も特技を持っているものが居ります。どうかそれぞれの力を振るう場をお貸し下さいますか?」
ミミは優しい目でフェリーチェにお願いしてきた。
そういえばフェリーチェも最初は下手くそでゾーイ婆から怒られてばっかりだった仕事も、段々上達してきて持ち場を一人で任される様になると、とても誇らしくて嬉しかった事を思い出した。
確かに披露して褒めてもらう場というのは大切だ。そう思いながらフェリーチェは頷いた。
するとミミはパッと大きく笑って良かった!と言った。
「皆、お嬢様と仲良くなりたいのです。ですからこれからもどうかよろしくお願いします」
そんなミミの言葉を聞いてフェリーチェは貴族のお家と言っても色々あるのだなと思った。
前に仕事で行った貴族のお家では嫌な思い出しか残らなかった。
綺麗なお家に広く美しい庭。そこには中身が醜悪な貴族が住んでいた。
ここは違うのかも…と少しずつ思う事ができてきたら、少しだけカチンコチンだったフェリーチェの肩がほぐれてきた気がした。




