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形見じゃなくて呪いの指輪だった件  作者: よしこ
一章
27/59

27

 エルは迎えに来てくれた公爵家の馬車の中にいた。

院長の馬車にも驚いたが、エルはまさかそれ以上の馬車に乗る事になるとは考えたこともなかった。

座面には触った事もない光沢のあるすべすべで毛足の短い布が貼られており、壁は布との間に何か綿状のものでも挟まっているのか、モコモコと規則的な間隔で鋲打ちしてあった。

天井から四方を向いて咲く花の造形を模した、小さく美しい装飾の照明が取り付けてあり、エルに夜間の使用時にはどの様に灯るのか見てみたいと思わせた。


 ぱかんと口を開けて馬車の内装を見渡すエルに、向かいに座る公爵はウキウキと話しかけた。

「フェリーチェはよく眠れた様だね?

確かに昨日はとっても疲れただろう?本当は朝一番にでも迎えに行きたかったんだけどね、フォード様からまだ寝てるからって教えていただいてね。無理矢理フェリーチェを起こす事にならなくて良かったよ」

「は…い、たくさん寝る事が出来ました。ありがとうございます。皆ともお別れ出来て良かったです」

そうなのだ。たかだかエルの迎えに使用人ではなく、公爵家当主であるソニー自らがわざわざやって来ていたのだ。

本当は他の家族も来たがったが、エルが萎縮してしまうからと振り切って出てきたそうだ。


 あの後、こっそりとドーンに連れて来られたゾーイ婆とジン、ヘナの兄妹と涙の別れを済ませてきた。

家に連れ戻したものの、育ちと身分のギャップは埋められない事に気付いた公爵家によって十中八九、すぐに養護院に戻される事になるだろうと思っているエルだったが、短い期間でも院から離れる事は寂しくて堪らなかった。


 公爵家の馬車が到着してしまい、流石に痺れを切らした院長がエルの部屋まで突撃しそうになったが、フォード神から事前に聞いていたソニーが院長を呼び出し、それを阻んだ。

上位貴族であり、更にそこの当主に我が娘に無礼をと言われれば、部屋の隅に小さくなっているしかない院長は、馬車にエルが乗り込む間際、何とかエルに接触しようと試みている様だったが、公爵と院の大人たちの鉄壁のブロックに成す術なく破れていった。

今まで育てた恩を売り、院への恩返しを一言でも願いたかったのであろう。

そんな院長の恨めしげな目線にすら気付かずに、小さいエルは、別れを惜しむ人混みに紛れたまま馬車に乗り込む事になったのだった。


 そんな流れすら知る事の無いエルはおずおずとソニーに話しかけた。

「あの…私、本当に何にも持って来なかったのですが。

一応三ヶ月は居させていただく事になっているのに大丈夫なのでしょうか?」

「ははは、それはね大丈夫。

それにねフェリーチェは一応でもなく、居させていただくでもないよ!こっちが居てもらうんだ。だからこっちが全部用意するのが筋だろう?

流石に昨日の今日では色々既製品になってしまったけどね、全てうちの者たちが手配をしてくれているよ。

まあ服なんかはおいおい揃えていこうね」

エルはソニーの言葉に心底安心した。お貴族様のお家に持って行くほどの物はエルの持ち物には無いにしても、何もいらないと言うフォード神の言う事を鵜呑みにしてしまうのはいまいち信用しきれていなかったのだ。


「あ…ありがとうございます」

「それよりも少しだけ我が家の説明をしておこうか。いきなりいっぱい言うと分かんなくなっちゃうだろうから、まずは家族の事だけね」

あと数十分で公爵家へ到着するとの事だったので、長すぎる話をする時間はない。事前に最低限の話を聞けるのはエルにとってもありがたかった。


「まずは君のお母様、エレンだね。

私にはだいぶ厳しいけれどね、でも子供達には愛情を注いでくれる良いお母様だよ。君が居なくなってしまった時には大分寝込んでしまったがね、まだ小さかった君のお兄様たちを育て上げなければと立ち上がった、勇気ある女性でもあるんだよ」

こう聞くと大分勇ましそうな女性だが、一体どんな方なのだろうかとエルは思った。


「そしてお兄様たちだね。彼らはフェリーチェの九歳、五歳、そして三歳上のお兄様たちだ。

一番上からセドリック、マーク、シリウスというよ。

セドリックなんかは特に欲しかった妹の誕生を一番喜んで、いなくなってしまった事を一番悲しんだ。とても君を可愛がっていたからね。

もちろん全員フェリーチェが見つかった事を喜んでいたよ。一報を聞いた時は皆が涙を流すほどにね。

この迎えだって全員来たがって大変だったんだから。今だって首を長くして待ち侘びているだろうね」

そんな家族の様子を想像したのか、ソニーはふふふと笑った。

どうやら穏やかな家族の様だ。その点は安心できる。

あの祭りの時の意地悪な大人たちの様に、大きな声を出されるのはエルは本当に苦手だった。


「実はね、私がフォード様に呼び出された時、王城で神送りの舞踏会の真っ最中だったんだよ」

「神送り?」

「ああ、祭りで呼び出した神々に感謝の振舞いをして、我々と共に踊り楽しんでもらってまた来年も楽しかったから来ようと思ってもらえる様に行う行事だよ」

ソニーはそう言うが、城での行事がつまんなかったからと、フォード神は街まで抜け出してきていた事をエルは思い出したが黙って頷いた。

「そこには君のお母様をエスコートして行っていたんだ。それなのに会の最中に私が忽然と消えたわけだ。

大騒ぎにもなっていたが、何よりもお母様がお怒りだったんだよ。わたくしをほっぽらかしてどこ行ってたの貴方!ってね」

女声のモノマネを加えながら楽しそうにソニーは話し続ける。


「ところが君が見つかったって言った途端、ダー!だよ?ダー!」

そう言ってソニーは目から流れる涙をジェスチャーで表現した。

「もうそれからは夜中過ぎまで根掘り葉掘り、何度同じ話を聞かせたか。私は流石に疲れて眠ってしまったが、今朝の様子では君のお母様は寝てないのではないかな?

私が出る瞬間まで家の者達に、君が快適に過ごせる様にとあれこれ指示を出していたよ」

ソニーはやれやれと目をくるりと回した後、少しだけ顔を近付けてエルの目を見た。


「君がこれまでエルとして生きてきた事は知ったし、私だって分かった気でいるんだ。だけど、これからはフェリーチェとして生きてくれないかな?せめて我が家にいる間だけでも。

君はね、私たちの娘で、彼らの妹なんだ。

分かる、分かるんだ。君に無理を強いてしまう事も。

だけど皆ずっとずっと君に会いたかったし、君の名を呼んで返事をしてもらいたかったんだよ。

ずっと私たちはそこに誰もいないのに君の名を呼んでいた。誰からも返事がないのに君の名を呼び続けていたんだ。せめて名前だけでも本当の名前を呼ばせてほしい…」


 ソニーから切実な目で訴えられたエルは混乱した。うっかりはいと頷き返しそうになって止まった。

そう簡単にエルとして生きてきた人生からフェリーチェの人生に踏み込めるのか。


『お前が選ぶんじゃ。だけどただ選ぶんじゃダメだぞ。ちゃあーんと見て聞いてから選ぶんじゃ』

不意にケビン爺の声が響いた気がした。

あの時こういう事を言っていたのだろう。


そうだ。ちゃんと見てから聞いてから自分で決めよう。


「あ…あの」

「なんだい?」

「皆さんにお会いしてからでもいいですか?だって…私…何も分からない」

チラリとエルが見上げると、ソニーは少し面食らった顔をしていた。

「そりゃそうだ!ああ…ごめんよ、私も少し焦っていた様だ」

ハッとした後、両手を大袈裟に振りつつ慌ててソニーがそう言うのを、生意気だと怒られるかとヒヤヒヤしていたエルは驚いた。


「あの…怒らないの?」

今度はソニーも驚いた顔をする。

「なんで怒ると思うんだい?君がそう思った事をただ言っただけじゃないか!それでいいんだよ。君は君らしくいれば良いんだから。

それにむしろその返答は貴族らしくて私は気に入ったね。そのくらいの慎重さがあるのはとてもとても良い」

ソニーは最後に少し悪い顔でニヤリと笑った。


「まあ…そうだね、段々慣れていこう。そうしてお互いに歩み寄っていこうね。私から家族にもそう伝えておくよ。

だから君も嫌だったりダメだったりしたら、その都度今みたいに言ってくれないか?

だけど急に消えるのだけは無しだよ?私たちは一度それに打ちのめされたんだ。もう二度とごめんだ。

だから今はそれだけは約束しておくれ」


 エルはその言葉には心を込めてゆっくりと頷いた。

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