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形見じゃなくて呪いの指輪だった件  作者: よしこ
一章
24/59

24

 エルがゼン神に手を引かれて戻った食堂では、ピンク色した髪の毛の男にエルが攫われたと大騒ぎになっている、その真っ最中だった。


「た…ただいま」

全員の視線を浴びて居た堪れなくなったエルが愛想笑いを浮かべてそう言うと、言葉と動きを取り戻した住人たちで蜂の巣を突いた様な騒ぎとなった。

「お前!エル!どこ行ってたんだ!街ん中すげえ騒ぎになってるけど、攫われたとか神が降臨して召されたとか殺されたとか燃やされたとか、とんでもなく情報も入り乱れてて、どれが本当なんだかさっぱりだったんだ」

そう言いながら走り寄り、エルの両肩を掴んだドーンがエルの全身を隈なく見て、怪我などして無いか確かめている様だ。

そのうち、横から細い腕がエルの身を包んだと思うと、それは細かく震えていた。

「良かった…生きてた…生きてた…良かった」

くぐもった震える涙声はゾーイ婆の声だ。

いつも何かにぷりぷり怒ってばかりの気の強いゾーイ婆の涙などエルは見た事が無かった。

「帰りが遅くなってごめんなさい」

それしか言えなかったエルの背後から、また二つの衝撃を感じた。


「良かったよー!エルぅ!もう!死んじゃったのかと思ったよー」

「だから俺は言ったんだ!絶対エルは戻って来るってさぁ!」

ジンとヘナだった。二人もまた泣いているのが分かる。

「ごめんね、心配かけちゃった」

一頻り再会を喜びあったところで、ドーンが少し警戒した声を上げた。

「で、エル、このお方は一体どなたなんだ?」

食堂にいる人間の目線が一斉にゼン神へ向いた。

エルは皆とゼン神の間を忙しく目線を動かした後、意を決して紹介した。

「あ…神様です」

「神さまだあぁぁ!?」


「なるほど。其方の申した通りこの者たちに大切にされていた様だ」

食堂内を見渡す様にゼン神は口を開いた。

数人集まっていた先生たちは真っ青な顔をして急いで跪いた。その様子を見た院の住人も恐る恐る先生たちと同様の姿勢を取る。

「良い、頭を上げよ」

命令する事に慣れた、指導者の声でゼン神が言った。


「私はこの者をここに送り届けに来ただけである。

が、それと共に、ここに神々が申す」

ゼン神ここで一度言葉を切り、再び皆をゆっくり見渡してから少し声を固くして続けた。


「まず、この者の身元が判明した。近いうちに迎えが参るであろう。

この度の騒ぎはそれに関連した騒動であった。なのでこれ以上大きく騒ぐ事のない様に」

「え!迎えって!」

悲壮な声でヘナが声を上げた。

「色々事情があり、馴染むかどうかまだ神々ですら分からぬ行く末だ。だがまずはエル自身が幸せにならねばならぬ。故に三ヶ月ほど試しとして生家に戻す。その先の事はその時に分かるであろう」

ゼン神は全てがエルの意思にかかっている事は、皆に明言しないでくれた。何となく神の気遣いを感じてエルは緊張で固まっていた肩を少しほぐした。


「で、生家とは?どこだったんです?」

「ムーア公爵家だ」

「…っ!そりゃぁ…また…」

なんとか言葉を捻り出しゼン神に問いかけたドーンだったが、その答えを聞くとそれ以上は言葉が続かなかった。

「ムーア家の者が近日中に迎えに来るであろう。現在、如何様にするか主神と当主の話し合いの時間が取られておる」

食堂にいる者の口々には思わず『主神』いう言葉が上った。

宗教として信仰はしていても、本当に実際いるのか曖昧な存在であった神が今、目の前にいて、更にその神が主神の存在まで仄めかしている。


「神様って本当にいるんだぁ…」

思わず出てしまったという風なヘナの声は、静まり返っていた部屋に響いた。

慌ててジンがその口を塞いで愛想笑いをゼン神に見せたが、時すでに遅しであった。

確かに日々の暮らしにすら喘ぐ様な養護院の暮らしでは、神々の恩恵を感じる事は無い。故に院の中にある礼拝堂を利用するのは、院に派遣されてきている教会関係者ばかりだ。


 ふむと一つ鼻息を落としたゼン神はヘナを見た。

目線の合ったヘナがビクリと肩を跳ね上げ、ジンが妹を庇う様に前に出た。

「今回のエルの騒動の発端は神であった。故に神々は深くこの件に関わる事となった。

そしてこれまでエルを厚く養育してくれたここの者たちへの神々からの返礼も込め、ここを我が聖域と成す事とする」

この発言にはエルも含めて全員が驚いた。

「聖域…って一体…」

「この建物の裏の方から弱々しいが…神域の波動を感じる。そこを私の祠としよう。

これはそこの者にも今まで感じる事のなかった、神々の存在を信じさせる様な良き提案であろう?」

冷静なゼン神には珍しく、少し高揚した様な表情をした。


「え…じゃあここが巡礼地の一つになるって事ですかい?」

ドーンが恐る恐るゼン神に確認した。

「私は社交的な他の神と違いそういった興味も無かった事もあるし、親しく交流する人間も今まで居らぬので聖域を持つ事はなかった。

だがエルと出会い、様々な事情を知った今はここにそういった場を設けるのもまた縁かと思ったのだ。

見ればあちこちボロであるこの施設も、信者が訪れる巡礼地となればいずれ改善するであろう」

この言葉に、後ろの方で事の行く末を見守っていたエルザとセリアが手と手を取り合い飛び跳ねた。


「また、私直々の地とすれば、悪き者を遠ざけられよう」

これはドーンとケビン爺の方向を見てゼン神が言った。

ゴクリと唾を飲み込み、一瞬だけケビン爺と目線を交わし小さく頷いたドーンは床に擦り付ける様に頭を下げた。

「どうか…どうかこの地に降臨下さいますようお願い申し上げます」

ドーンの隣にいたケビン爺も頭を下げ、それに従うようにこの場にいる皆が頭を下げた。

「うむ、よくこの地を見る事にしよう」

そうゼン神が頷いた瞬間、エルの額が光った。


 あまりの眩しさは頭を下げていた者も異変に気づく程だった。

「やだ!やだ何これ!?」

「あの馬鹿者!」

慌てるエルの顔を覗き込んだゼン神が忌々しげに吐き捨てる様に言った。

その言葉をドーンが拾う。

「こ…これは?貴方様のお力でございますか?」

「まさか!違うわ!私は急ぎ戻る。これはそのうち収まるゆえ、其方らも安心しておるが良い。

そしてエルの件と聖域の件もまた後ほど追って連絡をする」

そう言い残すと、ゼン神は慌てたように消えて行った。  

 急に現れ、急に消えていった神に皆また呆然となった。

お互いに顔を見合わせて何を口にすれば良いのか分からずにいると、やがてエルのおでこの発光が終わった。

ゾーイ婆がマジマジとエルのおでこを覗き込むと、なんだいこれは!?と驚いた声を上げ、どこかへすっ飛んでいった。

その後入れ替わるようにして皆がエルの顔を覗き込み、驚きながらそれぞれの感想を口にしているようだが、早口だったり高音だったり小さすぎだったりで、混乱中のエルには上手く聞き取れない。


「なんなの?なんなの?なんなのー?」

エルはおでこを抑えながら混乱の極みにいた。

そこに手鏡を抱えたゾーイ婆が戻ってきて、エルに鏡を見せてくれた。

そこには大きな幾何学模様が瑠璃色に光っていた。

「なんなのー!?」

一際大きくエルが叫ぶと、マーゴ先生の震える声が聞こえた。


「主神フォード様の…聖紋」


 途端に先程までの喧騒がまるで嘘のように食堂は静寂に包まれてしまった。

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