22*傍流
「ああ!フェリーチェ!」
「ああ!…じゃないんだよ!今は色々考えなきゃいけない事が山ほどあるんだからさあ!」
エルがゼン神に連れられ、消えた空間に手を伸ばしたまま固まるソニーの頭をピンク頭神がピシャリと叩いた。
それで正気に戻ったらしいソニーが一回咳払いをした後、普段の公爵家当主の顔になった。
「フォード様、この度は我が娘を取り戻していただき、この感謝の心をどの様に表せば良いのか分からぬほどでございます」
「うーん、確かに『見つかった』けども『取り戻した』までは行ってないよね?」
これにはソニーもぐぬぬと変な音を喉から絞り出した。
「ぐ…うううん!いや、その様なことよりもですね、娘を、フェリーチェをよくぞ見つけて下さいました。
あの時、あれだけの神々が手を尽くしてくださっても見つける事が出来なかったと言いますのに」
主神フォードは、ピンク色の髪を右手の人差し指にクルクルと巻き付けながら、左手で摘み上げた指輪を見た。
「もうね指輪が壊れてきてたんだよ。これを作ったヤツは大体見当つくんだけど…もう何年経つんだろ?これをあのバカが命令違反してまで調子乗って作ってから…。
駄神ってあのバカのおでこに彫ってから、反省壕へ蹴り落としてから確か千年近く経つと思うんだ。という事は指輪だってそれくらい経ってたからね、ほぼ見えないくらいに刻んだスペルも薄くなってるし、ほらここら辺の術がひび割れてきてる。
それで気配を、俺がたまたま通りかかってたまたま感じられたってだけ」
指輪のほつれを指先で突きながら、だけどさあ…とフォードが続けた。
「神がお遊びで作ったもんで千年近く経ってから被害が出てさぁ…だからやめとけって言ったんだよ!」
あいつを壕から出すのはまだまだ先だな!とフォード神が怒りを再燃させている。
「三ヶ月とは…私にとっては短い期限ではございますが、それでも娘が我が家へ戻る方向へ進みましたのは僥倖にございます」
「お嬢ちゃんは最低限の人には恵まれていた様だけど、年端もいかない子が過ごすには、まあ劣悪な環境に置かれてた訳だし、初めて会った時の様子から結構迫害されてたんじゃないかなぁ?
大の大人たちに囲まれて小さい子供がどつき回されてるってのに、大きな輪になって囲んでる人間、誰一人助けようともしてなかったよ。ほんっとにそういうとこ人間ってかわいくないよねー」
嫌な事を思い出したのを紛らわすかの様に、フォード神は徐に目の前にティーテーブルとティーセットを出してソニーの分もお茶を入れ始めた。
「酒の方が良かった?」
「いいえ、先程フォード様の申された通り、考えねばならぬ事は山ほどありますゆえ」
「だよねぇ…って言うかさ、めっちゃ引っかかったのが修道女の件なんだけど」
「確かに私も引っかかりました。その修道女は実は曰く付きでございましたので」
「曰く?って何さ」
フォードが指輪をテーブルに置き、湯気の立つカップから一口茶を啜ってからソニーに問う。
「まぁ…よくある貴族のゴタゴタでございましたが…あれは相手が悪うございました」
「それじゃまーったく分かんないけど!」
ソニーはふうと息を吐くと膝の上に両手の指を組み、語り出した。
「彼女は侯爵家の元長女でございまして、実家は先程も申し上げた通りジェンダム家でございます。
「ジェンダムってあれか。皇太子妃の…って元長女?」
「そうです。そのジェンダムでございます。
姉であったケリガンの婚約者が皇太子であったのですが、その二つ下の異母妹と皇太子が学園で出会って恋仲になりましてね。
それに対する悋気から妹に対して毒殺騒ぎを起こしたと言われておりまして。
婚約は令嬢の有責にて破棄。当時通っていた学園からも退学。家からも縁を切られた上、修道院に入れられてしまった経緯がありますが…ですがこれは私の推測も混じりますが、ちょっとおかしい点が散見しておりまして」
ここでソニーも一度話を切り、茶で唇を湿らせた。
「ケリガンの母もある年に急死したのですが、侯爵は喪が明けた直後に新しい妻を娶り、ケリガンには妹が出来ました。これが現在の皇太子妃ですね。
更にまた、暗殺騒ぎの時もケリガンの実家であるジェンダムも最初から最後まで不自然なほど騒がず嘆かず、すんなり妹を後釜に挿げ替えて…あの当時、ああこれは何らかの力が作用しておるのだなと思ったものです」
「何それ。へぇそんな事があったんだ!…そういうドロドロもたまに耳にするから楽しいのであって、全部耳にしてたら人間に寄り添おうって気持ち失せちゃいそうだなぁ」
「そんな恐ろしい事申されないで下さい!」
「ははは!で?不自然な点って?」
ソニーはまた一口茶を含み、間を取ると続けた。
「元々、ケリガンの母と侯爵は完全なる政略結婚でして、ケリガンの母が侯爵家の跡継ぎだったのです。学園でも優秀であった伯爵家三男のホフマンを婿養子としたのですが、実はホフマンはダンヒル侯爵家の令嬢と恋仲でした」
「うわー!何となく読めてきた!」
「ご推察の通りかもしれませんが…当時、現皇帝の妃選考の最中でございました事もあり、皇太子妃の立場をも狙えたダンヒル家令嬢とホフマンの結婚は認められなかったと。
そんな最中に経済的に困窮したホフマンの父により、ジェンダム家との政略結婚が成されてしまったのです。
更に、ダンヒル侯爵家令嬢は皇太子妃とも成れず…」
「うわぁ…確かあれの奥さんは元公爵家の人間だったよねぇ?」
「そうでございます。現皇妃はマーシュ公爵家のご令嬢でございました。
当時、学園でも皇帝と皇妃は仲睦まじく、婚約間近と目されておりましたが、ダンヒル侯爵家の当主は我が娘を皇太子妃にと躍起になっていたそうです。
婚約が成されても、めでたくも成婚となっても、今度は我が娘を第二妃に収めようと画策していたそうですが、悉く皇帝に取り下げられ…」
「諦めの悪い親のせいで、娘は立派な行き遅れかぁ」
腕を組んで感慨深げに宙を見る神にソニーは言った。
「ですが、二人にとってはそんなに悪い事ではなかった様ですがね。令嬢も皇太子妃が駄目になったからと意に沿わぬ相手に嫁がされるよりも、宙ぶらりんでいた方が何かと都合が良かったのでしょう」
「なるほど!その行き遅れ期間も婿養子になった男と繋がっていたのか!」
「おそらく。結婚した事で彼は婿養子とは言え、侯爵代理の身分を手に入れました。ケリガンが生まれてすぐくらいの時期に、ようやく諦めたダンヒル侯爵家当主がそろそろ娘の嫁ぎ先を探し始めたと噂が立った直後に、ケリガンの母が急死ですからね。あからさまに口には出せませんでしたが…」
「そりゃあ絶対やってるね!」
「フォード神…」
「ごめんごめん」
わざとらしく頭を掻きながら、いい笑顔でフォードが謝る。
「その様な新たなスタートを切った家族でございますので、ケリガン嬢の立場も推して知るべきと申しますか」
「もう娘婿によるお家乗っ取りになっちゃってるけど、煩く騒ぐ親戚って居なかったの?」
「それが、強力なバックにダンヒル侯爵家がついた訳ですからね。騒ぐに騒げなかったのでしょう。
それに直系のケリガン嬢がまだ残っていた訳ですから、その時は完全なお家乗っ取りまでは行っていなかった」
「あっ、はーん…筋書き出来ちゃったねぇ。ダンヒル侯爵家悲願の皇妃誕生は娘の娘で達成させられる訳だ!
ダンヒルの血の混じってないケリガンじゃダメだよねぇ、そりゃあ」
「そういう訳です」
背もたれに身を預けて話を聞いていたフォードは、体を起こし、組んだ手を真上に上げてぐううっと背筋を伸ばしながら言った。
「人間こわ!」




