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「元に戻る…」
エルは自分の汚れた靴先に目線を落とした。
「そう…それが自…然。それ…が本来の…流れ」
そう言い残すと運命の神様は、目線を戻したエルの前からもう居なくなっていた。
「よし!じゃあ公爵家に行くか!」
ピンク頭神が膝を打って立ちあがろうとしたのを慌ててエルが止めた。
「ちょちょちょっと待ってください!急すぎて…急すぎて整理が追いつかないし。それに私にも家族がいるわ」
エルの頭の中に次々と養護院の住人たちの顔が浮かんでくる。何も言わずにこのままさよならなんて絶対に嫌だ。
それに何か大事な事を忘れている様な…
「あ!あ!それに私、仕事中だったわ!ゴードンさんに怒られちゃう!」
「待て待て待て、お嬢ちゃんこそ待て。
俺はあの騒ぎの中、お前を連れ出したんだ。とっくに人間の間で大騒動になってるだろうよ。そんでその髪色であっち戻るの?すっごい目立つだろうけど」
それもそうかとエルは思った。せめて不可抗力であった事がゴードンに伝わっている事を祈るばかりだ。
「でも!私を探してたっていう…元の…家族?…の人たちだって、こんなに時間経ってからじゃあもうどうでもいいって思ってるかもしれないし、今更こんな私が急に現れたら困るかもしれないもの!」
それを聞いたピンク頭神は浮かせた腰をもう一度椅子に戻すと、ふーと長いため息を吐いた。
「神にね、神を降ろしてまで祈るという事はそれ相応の覚悟がいる事なんだけどなぁ。
まあ、でも…そこまで言うんじゃ、じゃあ呼ぶかぁー」
「呼ぶ?」
突然の話の変化に、またエルの頭の中が疑問符だらけになったその時、エルの背後から息を呑む音が聞こえた。
「こ…これは!」
またかと思いながら振り返ると、エルが変化したのと同じ髪色と目の色をした男が立っていた。
「急に呼んじゃってゴメンねー」
全然悪く思っていない様な軽い声色でピンク頭神が男に言った。
「でもさぁ、こういう事情だからしょうがないでしょ?」
そう言って両の人差し指でツンツンとエルを指し示す。
そこでハッと我に返った水色髪の男がピンク頭神に跪いた。
「この度は御姿拝謁を賜りまし…」
床におでこが擦れるのではないかと思うくらい深く頭を下げ、口上を述べようとした男をピンク頭神が止めた。
「いいよ、今日は俺が呼んだんだし。
それよりさ、そこ座って!さっさと!ほら!話進まないからさぁ!」
ホイホイと追い立てる様に男を立たせて椅子へと追い立てるピンク頭神との様子を見ると、ここにいるからと言ってこの水色男も神様であるわけでは無さそうだった。
エルも不躾に男をマジマジと見てしまったが、あちらも目が離せないというかの様にエルを凝視していた。
「あの…これは」
名残惜しそうにエルから視線を切った男は、ピンク頭神へ我慢しきれない様に口を開いた。
「えへへ!とうとう見つけちゃったぁ!
っていうか、まあ正直言うと別件のついでに見つけたんだけどねー」
「別件…ですか?」
「そう。お嬢ちゃんは『旧神の遺物』で隠されてた」
その言葉を聞いて男は息を呑んだまま、見開いた目をエルに戻した。
「その遺物は指輪だったんだけどさぁ、多分デイル侯爵家は本来の使い方も知らずに使ってみて、たまたま上手くいったから逃げるのにそのまま使い続けたんだろうね。
そんでこのお嬢ちゃんもそんな事情知らないもんだから、後生大事に身から離さず持ち続けちゃった。ってのが今回の真相だったんじゃないかな。
くふふ、傑作なんだけどぉー、お嬢ちゃんその指輪を親の形見だと思ってたらしいよ!」
さもおかしそうにクスクスと笑いながらピンク頭神が言う。
それを聞いた男がまさに驚愕という、信じられないものを見る様な表情をしたので、エルは急に肩身が狭くなった様な心地がした。
「親の…形見…?」
男は絞り出す様に言葉を吐いた。
「ほんっとに不憫だよねぇ。二歳だっけ?そんな時に攫われてさぁ、訳わかんないまま養護院の前に捨てられてたんだってさー」
「すてられ…捨てられてたのですか!?」
「多分想像以上のお宅の包囲網に子連れで逃げるも味方のとこに逃げ帰るも無理になってってとこなのかな?まあ足手纏いだって殺されてなくってそれは重畳だったけどね」
「殺され…」
先程のエル同様、息も絶え絶えでおうむ返しするしか出来なくなっている男が気の毒になってきた。
エルもさっきまであまりの情報量の多さに頭が沸騰するかと思っていたから、男の心情が手に取るように分かる。
エルは男が現れてからの方が、他人が慌てふためく様子を客観的に見れて逆に冷静になれてきたくらいだった。
「そんで今は?エルはどんな生活してるの?」
「エル…?」
「そうそ、『形見』の指輪でかろうじて読めたLの字からエルって名前が付いたらしいよー」
「エルなどではない!お前はフェリーチェなのだ!お前の名はフェリーチェなのだよ!」
男は急に立ち上がったかと思うと、もう我慢ができないとばかりに叫ぶ様にエルに言った。そして言うだけ言った後にガックリと椅子に崩れ落ち、両の手で顔を覆い肩を震わせている。
「ずっと探していたんだ。私の娘を。ずっとだ…ひと時も忘れた事など無かったよ。家のせいで攫われてしまった可哀想な私たちの小さなフェリーチェ」
そこで男は顔を上げた。目の縁が真っ赤で涙に濡れていた。
「だが、やっと戻ってきた」
エルは混乱した。
聞く話も、エルの変化した色も確かにこの男の子供である事を示している。
だがエルにはまるで記憶など無いのだから、目の前の人をガタイの大きな男の人としか思えないし、お父さんとは間違っても思えないのだ。
多分これを口に出したら今以上に怒られるだろうから黙っているが、よっぽど記憶の中の涙を流す男の方がお父さんと呼べる。
「だって…分からない…んです。急にそう言われても。どうしたら良いのか分からないんです」
「そんな!家に一緒に帰れば良い!そうすれば全部解決だ。みんな待っているんだ。お前のお母様もお兄様達だってみんなフェリーチェの帰りを待っているんだ!」
男の勢いにエルは椅子の背に取り縋る様に身を捩った。
急にこんな決断を迫られるなんて怖くて堪らない。
エルはゾーイ婆の背中に隠れたくなったし、ドーンさんとケビン爺に守ってもらいたくて仕方なくなった。




