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形見じゃなくて呪いの指輪だった件  作者: よしこ
一章
16/59

16

 祭りの二日目ともなると、大きな供物は運び込まれなくなっていた。

むしろ家族連れやカップルたちが小さな花束や食べ物を少しずつ供えて行くので、体積は減った反面、数は増えていてエルは忙しくなっていた。

夕べ教会の祈祷所へ行ってみようと思いついたのに、エルは昼休憩すらもらうどころではなくなり、ゴードンが買ってきてくれた差し入れを、テントの裏で急いで食べさせてもらった。


 供物を供えた人々はお互いに笑顔を交わし合い、祭壇のある教会の祈祷所へ向かって行く。祭りのしきたりなどサッパリであったエルですら、その人たちの様子を見ているだけで大体の流れが分かった。

祭りの最終日である明日こそ必ず教会へ行こうと、ドーンの迎えの荷馬車の上でエルは決意の握り拳を作った。


 そして最終日。

慌ただしい中にも流石に仕事量が減っているのをエルが実感していると、やがて初日と同じくらいの昼前に休憩時間を貰えた。

エルは相変わらず混雑している広場に出た。


 昨日はお金を使っていないから大丈夫だと固辞したにも関わらず、今朝も馬車に乗り込む寸前のエルにケビン爺は小遣いを握らせてくれた。

走り出した馬車の上で掌に乗った硬貨を見ると、昼ごはんとちょっとした物が買えそうなくらいの金額であった。

二日目に貰った小遣いを合わせたら、少し良いブーケを買えそうだ。

その硬貨がポケットに入っているのを確認して、エルは歩き出した。

あのおばさんの花屋で小さなブーケを買って、それを供物としてから教会に行くつもりなのだ。


 ポケットの上から硬貨を固く握り締め、反対に手で胸元のネックレスを弄りながら歩く。

エルの大事なお願いを叶えてもらうための大事なお金だ。スリに盗られてしまうなんて失敗はしたくはなかった。


 祭り初日に行ったばかりの店だったのでエルは迷う事なく店に辿り着き、相変わらず朗らかなおばさんから小さなブーケを買った。

エルがおずおずとブルーデイジーの綺麗な花壇が出来たと報告とお礼をすると、おばさんはあらそれは良かったわ!と嬉しそうに笑ってくれた。


 昼ごはんは教会から戻ったら広場で買うつもりだ。

そのつもりでもやはり匂いに釣られてエルはあちこち見てしまう。

見たことのない食べ物ばかりで、あのどぎついくらいの緑色のお菓子はどんな味なんだろう?と想像するだけでも楽しい。


お昼ごはんを買ったらお菓子一個だけ買ってみようかな…それともお土産に買って帰ったら院の皆も喜んでくれるかも。でも少ししか買えないだろうから取り合いの喧嘩になっちゃうかな?


 何を買おうか考えるだけでも楽しいが、それにしても通りは相変わらずの混雑であるし、その人々を呼び寄せる屋台は無数に出ている。これらを一軒一軒隅々まで見て回るには確かに三日は必要だ。だから一人一つのお願いをするだけの祭りのはずなのに三日も期間が必要なのだろうなとエルは思った。


 そんな事を考えながらキョロキョロと周囲を見渡しつつ歩いていると、ドンと衝撃があり、エルは堪らず尻餅をついてしまった。

何事が起きたのか分からなかったエルは、そのまま呆然と見上げるとそこには見知った顔があった。


「ったくよう!いってえなあ!」

そう言って足をさする男は供物所で出会った意地悪な大人たちだった。

痛がっている一人の男以外は後ろでニヤニヤ笑っているので、人混みの中、めざとくエルを見つけて恐らくワザとぶつかって来たのだろう。


「ご…ごめんなさい!」

慌てて立ち上がり、エルは頭を下げた。

「はぁ!?ごめんで済むかよ!お前がぼんやり歩いてるから俺が怪我しちまったんだろ?」

大の大人が、歩いている小さな子供がぶつかっただけで怪我をしたなど聞いた事が無い。

だが、エルが言い訳をしたり反抗すれば、騒いでいる一人を止めようともせずヘラヘラと笑っている後ろの二人も、いつ仲間の肩を持ってエルを攻め立て始めるか分かったものでは無い。

三人の大人に囲まれてしまうかもしれない恐怖にエルは俯いてしまった。


「おい、てめえ!聞いてんのかよ!?」

エルは男に肩をドンと押されて俯いたまま後ずさってしまった。その時男から漂ってきた緩い風の中に、仄かに酒の匂いがした。

周囲では何の騒ぎかと人々がエルたちを囲み始めた気配がした。だが誰もエルを助けてくれる人はいない。

続けざまにドンドンと肩を押されると、握っていた花束がエルの手からぽとりと落ちた。


「何だこりゃあ!孤児のくせに一丁前に神頼みかぁ?図々しいお前なんぞを救って下さる神なんかいねえよ!だからお前は孤児で貧乏のど底辺なんだろうよ!」

男は落ちた花束を何度も踏み躙ると遠くへ蹴り飛ばした。

エルはあまりの恐怖にカタカタと震えが止まらなかった。

それを何とか押さえつけようと胸元の指輪を両手で握りしめる。


神様…私ただ…ただ先生を死者の列に並ばせてあげてくださいってお願いしたかっただけなのに…それもダメなの?私の言う事なんて神様の耳には届かないの?


 更にドンと男から肩を押された衝撃でエルの目から涙がポロリと溢れ落ちた。

その時、その場にそぐわない素っ頓狂な声が響いた。


「あっれぇ?なにこれなにこれ?弱っちいけどそれでも禍々しい気配するから気になって来たんだけど、えー!なにこれ?」

見たことのないような鮮やかなピンクの髪の毛の色をした男の人が、エルたちを取り囲んだ人混みをヒョイヒョイ避けて近づいたかと思うと、エルの胸元を覗き込んだ。


「ねえねえねえ!お嬢ちゃん、それなに持ってんの?」

そう言いながらエルの首元に手を差し出したピンク頭の男に、本能的な恐怖を感じてエルは身を捩って後ずさってしまった。

その反応にアレ?といった顔をしたピンク頭男の肩を、蚊帳の外に置かれてしまっていた男が掴んだ。

「何だてめえ急に入ってきやが…」

男はそう唾を飛ばしながら怒鳴ったが、最後まで発言する事はできなかった。


「話しかけてくんな。そんでそんなきったない手で触んなよ。俺はお前に話しかけてないんだからさ」

ピンク頭が男を冷たい目で一瞥して言ったが、男はそれどころではなかった。

ピンク男に触れた部分が燃え上がり瞬間で焼き爛れたのだ。

「ぎゃあああああああああ!」

「うわーうっさい。早くどっか行って」

ピンク頭がそう言い終わる前に叫びと共に男が消えた。


 取り囲んでいた人々がどよめきながら何歩か距離を取り、エルも何を見たのか分からないほど驚愕した。

それなのにピンク頭は単なる埃を払ったくらいの雰囲気でエルを振り返った。

「で?お嬢ちゃん、それなに?」

エルは今見た一連が何事なのか全く理解できなかったが、ただただ恐怖だけ感じていた。

「あ…なた…誰?」

震えて仕方がないエルは、そんな事が聞きたかった訳ではなかったが、既に煙を上げショートしかけた意識から絞り出せた言葉はそれだけだった。


「え?俺?俺は神様だよ。

ここの王様に儀式だって呼ばれてさぁー、でもつまんないからあちこち行ってたらデカい祈りが聞こえてさぁ。そしたらそれと一緒に禍々しいのが…ってそうそう、それそれ。お嬢ちゃんすげえの持ってるねえ」

ピンク頭の自称神がチョイチョイと指先をエルの鼻先で揺らすと、エルの強く握った手のひらをすり抜け、服の下から指輪が勝手に浮かび上がってきた。


 先程からエルの理解が追いつかない。

それでも浮かび上がった指輪を本能的に目で追うと、エルたちを囲んでいた街の人たちが跪いて祈り始めているのが目に入った。


え!?なに?

皆のあの格好は院でケリー先生とかがお祈りする時と一緒の格好…ってことは、え?嘘!?本当にこの人神様なの?


 エルも跪いた方がいいのか、どうするのが正解なのかアタフタとパニック寸前のエルの前から離れた指輪は、一体どうしたのか付けていた紐からも外れて、今はピンク頭神の目の前に浮かんでいた。

「ふーん、なるほど。懐かしい品だなぁ。

ねえお嬢ちゃん、これどっから持ってきたの?」

呑気な声に姿勢を改める機会を奪われたエルは吃りながらも何とか答えた。

「わ、私は捨て子で…す。

そ、それは捨てられた時から私が持っていたそうです。

皆が多分お父さんの形見だろうから大事にしなさいって」


 それを聞いたピンク頭の神は目を丸くした後、これ以上面白い話は無いと言ったふうに笑い出した。

「わはははは!ナニ?コレ大事にしてたの?本気で?おもしろー!」

急に爆笑されてエルは急に腹立たしくなった。


お父さんの形見なのに!先生が綺麗な紐くれたのに!何で馬鹿にされるの?


 酔っ払った意地悪な男たちからの理不尽な暴力とピンク頭からの侮辱の様な笑いが、悲しみと驚きとごちゃ混ぜになって一気に頭が沸騰したエルは、ピンク頭から指輪を取り返そうと手を伸ばしたがそれは空を切った。

「返して!」

エルが目に涙を浮かべながらピンク頭を睨みつけると、ピンク頭神は驚いた顔をしながら、指先の空中でクルクルと指輪を回した。


「何で?」

「だってそれ形見だって言ったでしょ!私の大事なもんなんだから!だから返して!」

「これ大事なの?」

「だからそうだってば!」

「でも」

「いいから返して!」

「だって」

「返してってば!」


「だってさぁ、これ呪いの指輪だよ?」


 エルは今度こそ倒れるかと思った。

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