15
夕方、迎えに来てくれたドーンに、エルは戦利品を見せた。
「これ!ブルーデイジー!ちゃんと見つかったの!それにお店のおばさんが安くしてくれたからいっぱい買えたんです」
「へえ、これが先生の言ってた花かぁ。ってまだ苗だから咲いてねえのか。それに葉っぱ結構ちっこいんだなぁ。
あー本当だ、よく見りゃ確かに葉っぱに線が入ってんな。こりゃ面白え模様だなぁ」
「こう言うのは斑入りって言うんですって」
「へぇー」
「おばさんが教えてくれたんです。…あとは…これです!」
ジャジャンと音がしそうなくらいの勢いで包みから焼き物の人形を出して、ドーンの目の前に差し出した。
そしてそれを見て何と言うのか、期待を込めた眼差しでエルはドーンを見つめた。
「こりゃあまた…先生に似てんなぁ」
「でしょう!」
ドーンがエルと同じ感想を持ってくれた事に嬉しくなったエルは勢いよく言った。
「私も一目見て先生にそっくり!って思ったの。ドーンさんもケビン爺もあそこに墓石建てるわけにはいけないって言ってたから、それでそれに代わるものを探してたら見つけたんです」
「これはよく良いもんみっけたもんだ」
しかしエルはそこでショボンとした。
「でも、ドーンさんに貰ったお金全部使ってしまいました。せっかくドーンさんが貯めたお金だったのに。少しでも返せたらって思ってたのに」
落ち込むエルに少し驚いた後、ドーンは手綱を持っていない手をエルの頭にポンと乗せて言った。
「何だよ、そんなの気にしてたのか。あの金はエルに預けた金じゃねえか。エルが自由にして良い金だったんだから気にすんじゃねえよ。
大体こういった人形はちいと値が張るもんだ。あんだけの金でこんだけの買い物してきたのはすげえもんだぞ」
そう言って乗せた手でエルの頭を優しく撫でた。
「これだけの買い物してきたんじゃあ、お前の小遣い無くなっちまっただろう?」
そう言われた途端にエルの腹の虫が盛大に空腹を訴えた。何かと物音の立つ荷馬車の上だと言うのに、なぜかその音が響き渡った。
咄嗟に顔を赤らめたエルに、ドーンは盛大な笑い声を上げた。
「ははは!エルより先に腹の虫の方が返事してきやがった。そうか昼メシ代まで使ってきちまったか。
そんじゃあ後で俺が爺さんから小遣いせしめてやるからな。なあに、あのジジイが小銭溜め込んでるの俺は知ってんだ。エルは大船に乗ったつもりで待ってろよ」
そんなに何度も貰えないと言うエルを抑えて、任せておけとドーンが笑っている。何とか話を変えたかったエルはエルの後ろで風に揺れているブルーデイジーの苗に目を向けた。
「ドーンさん、今日帰ったらお花植えても良い?」
「ああ、苗はなるべく早く植えてやった方が良いかもなぁ。だけどお前はまずは飯だろう?それが終わったら風呂の前に一緒に植えようか」
「一緒にやってくれるの?」
「おお、みんなでやった方が早いだろ。爺さんも手伝ってくれんじゃねえか?きっと」
その言葉通り、養護院に着いた後、食堂へ直行させられたエルに代わって、先生のお墓近くに荷物を運んでくれたドーンがシャベルなども一緒に準備していてくれた。
ついいつもよりたくさん食べてしまったお腹を抱えてエルが裏庭にコッソリ出ると、ケビン爺が植えるのにちょうど良いところの土を掘り返してくれていた。
「ケビン爺!」
「おお、エル。良い買い物してきたのう。お疲れさん。これだけ苗があれば花壇の様に見えて寂しくならんだろうし、今後はタネか刺し木で増やせるじゃろう。明日の昼間にでも俺がそれっぽくロープで柵でも作っておこうの」
やがて夕食を終えたドーンも合流して、3人でああでもないこうでもないと苗の位置を置き直しながら場所を決め、ようやくそれらを植え付けた。
最後に先生に似た人形を植えた苗の真ん中あたりにそっと置くと、字を覚えるための教材でもあった子供用の聖書で見た、薄暗い灯りの中に浮かんだ天上の聖女に様に見えた。
「先生笑ってる…」
思わずエルが口に出してしまうと、ドーンが頷いている気配がした。
「本当にのう…」
それ以上、誰も言葉が続かなかった。
エルはその場に跪くとケリー先生に話しかけた。
「先生、このくらいしか出来なくてごめんなさい。でもドーンさんもケビン爺も一生懸命先生のお墓を作りました。だからここでゆっくり眠って下さい。そして私たちをずっと見てて下さい」
エルはこういう時のしきたりなど分からなかったし、言葉の最後は涙声になってしまった。だが後ろで二人も跪いた気配がしている。
それぞれが先生にお別れをしているのだろう。
エルもやっと先生にちゃんとお別れができた様な気がする。胸に何かがずっと引っかかったままの心地がしていたのに、それが無くなった事に気がついた。
のろのろと立ち上がると、エルは二人に深々と頭を下げた。
「ドーンさん、ケビン爺、本当にありがとうございました。あのね、私なんだかビックリするくらい気持ちがスッキリしたの」
「それは恐らく、エルが生きてる者としてのケジメを一つつけられたからじゃの。弔いとはある意味そう言うものだと俺は思う。
死んだ後に行くとこなんぞ、実際の所どんなもんなんだか死んでみなくちゃ誰も分からん。だから…まあこう言ったら教会の教えとは反してしまうがの…だが生きてる人間のためにこそ弔いは必要なんじゃと思う。ジジイになったからこそ、さらに強くそう思うようになったのう」
ケビン爺は話しながら遠くの欅の葉っぱを見上げている様で、さらにその遠くを見る様な目をした。
「よしさあ、エルはさっさと風呂に入っちまえ。明日も早くから仕事だろう?
そう言えば、エルが小遣い全部使っちまったらしいぞ。爺さん追加で渡してやってくれよ」
ついでに余計な事まで言ったドーンにエルがワタワタしていると、ケビン爺がニコニコと笑った。
「おお、おおそうか…俺も孫に小遣いやる歳になったか。はっはっはいいぞぃ、いい子のエルには屋台の菓子が山ほど買えるくらい小遣いをやろうなぁ」
そう言ってケビン爺は甘やかす様にエルを抱っこして揺すった。
「おお、いいなぁエルは。なあなあ爺さんなあ、俺にも小遣いくれよ」
「お前みたいに図体でかい孫など居らんわ!全く図々しい!」
そう言い捨てるとエルを抱っこしたまま背を向けて、建物の方へ歩き出したケビン爺をドーンが追いかけて、まだ小遣いを強請っている。
「ええー!酷い。おじいちゃーん!おねがーい!」
いつもより少し高い声でドーンがクネクネしながらケビン爺に甘えた声を出すので、エルは大きな声で笑ってしまった。
ドアが閉まる寸前、ケビン爺の肩越しにお墓を見たエルは先生におやすみなさいと心の中で言った。
そして明日時間があったら平民用に用意された祈祷所へ行ってみようと心に決めた。




