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夕方になると作業終了の声がかかった。
あの意地悪な男たちからなるべく逃げる様にしていたが、それでも何度かエルは嫌がらせを受けた。
しかしそんな様子を薄々ゴードンも気づいた様で、帰り際に明日は現場のメンバーを変えると教えてくれた。
それだけは良かったが、エルは本当に今日はクタクタに疲れ切ってしまった。
暫く広場に端っこで待っていると、遠くからドーンの荷馬車がやってくるのが見えた。ただでさえ疲れている所をまた迎えまで院長の馬車でなくて良かったとエルは心から安心した。
「ドーンさん、ありがとうございます」
「お疲れさん。うまく仕事は出来たか?」
あれをうまく行った仕事とは言えずに、曖昧な笑顔で誤魔化したエルを御者席の横に座らせると、ドーンは馬車を出発させた。
ポクリポクリとゆっくり進む荷馬車が、夕暮れ空の下、街外れにかかった頃にドーンの方から話し出した。
「えーと、あー…うーん、エル、あのな…」
要領を得ない声を出しながら、とても話し辛そうにドーンが困った顔をした。
「はい、何ですか?」
キョトンとした顔で隣を見上げると、更にドーンが顔を曇らせた。
「うう…ううん!あのな!実は今日お前が仕事行ってる間に、ケリー先生の葬式を終わらせたんだ」
意を決したかの様に、勢いよくドーンが告げた言葉にエルは衝撃を受けた。
確かに昨夜もジンがそう言っていた。
しかし朝から色々ありすぎて、エルの頭からすっぽ抜けていた。そんな自分にも信じられない思いがする。
先生にちゃんとお別れも出来なかった…
病気以外で火葬された人はお墓も作って貰えないはずだから、もう先生は共同墓地に入れられてしまったはず。
今日は本当に色々あった。それを何とかやり過ごした締めくくりがこれなのかと思うと、我慢出来ずにエルの瞳からポロリと涙がこぼれ出た。
「そう…ですか。私、いっぱい先生に良くしてもらったのにちゃんとお礼もさよならも言えなかった。
それに私今日は自分の事に精一杯で、お葬式の事思い出さなかったなんて…なんて酷い子なんだろうって先生、きっとガッカリしてるわ」
そう話しているうちに感情が昂ってきてしまって、とめどなく涙が溢れ出てきたかと思うと、エルは本格的に泣き出してしまった。
真横でなるべく声を上げない様に静かに泣くエルをどうしたら良いのか全く分からないドーンは、手を上げ下げしたりジタバタした挙句、とりあえずエルの言う事に答える事にした。
「ん、んなこたーねえよ!絶対そんなこたーあるはずねえ!お前が言う様に、ケリー先生はお前をすんごく可愛がってたじゃねえか!
お前がちゃんと成長して普通に生活できる、それが先生の望みだろ。だからあんなに一生懸命お前を育ててたんじゃねえか?
だから今日の事だって変に落ち込まれるより、多分先生はホッとすんじゃねえかな?俺はそう思うがなぁ」
朝に院長に悲しみに沈むなと言われたが、あの時反抗したかった気持ちと違って、ドーンの言葉はエルの心に染み込んだ。
優しかった先生ならそう思ってくれるはずと信じたかったのかもしれない。
まだ流れてくる涙と鼻水でぐちょぐちょの顔を、ドーンに首に巻いていたタオルで拭いてもらいながらエルは言った。
「院長先生にもケリー先生は悪い事してんだから、だからそんなに悲しむ必要無いみたいな事言われました」
「は?クソ、あの野郎…」
ドーンは苦虫を噛み潰したかの様な顔をした。
急に汚い言葉を吐いて慌てて口を押さえたドーンに驚いた顔をエルが見せた。
「いや、悪い…だけどそんな事エルに言うとかなぁ!本当にアイツは悪い大人だな!」
「院長先生悪い大人なの?」
「そりゃそうさ。子供ってのは…まあお前はこんな状況だから働かなきゃいけねえし、本来通りの子供らしくってのはなかなか無理な話だけどなぁ…でもそんな中でも大人が言っちゃいけねえ、やっちゃいけねえ最低限ってのがあんだよ。アイツは言っちゃいけねえ事を言ったんだ。だから悪い大人なんだ。
だから悪い大人の言う事よりよ、エル、お前が信じるケリー先生を覚えといてやれよ。お前にとっちゃあいい先生だったろ?」
「うん。すごく優しかったし綺麗だったし、いっぱい色んな事教えてくれました」
そう言いながらエルが先生を思い出すと、止まっていた涙がまた溢れてきた。
「じゃあ、それでいいじゃねえか。
ケリー先生はいい先生だった。惜しい人を亡くした。それでいいんだよ」
またエグエグと泣き出したエルの頭をポンポンとドーンは撫でてやることしかできなかった。
「なあエル、今日出た灰を集めて箱に詰めたやつは、教会へ院長が持っていっちまったけど、俺らは俺らで先生の墓作ってやろうぜ。コッソリだけどすげー立派なやつを養護院の敷地の中によ。
そしたらずっとケリー先生は俺らの事、養護院でずっと見守ってくれるぜ。そうなったらもしかしたら一番可愛がってたお前の事が心配で、ずっとエルにひっついてるかもな」
はははとひと笑いした後にドーンは続けて言った。
「だから、なあ、墓作るのエルも手伝ってくれるか?」
エルはまだ涙の膜が張ったままの瞳を大きく広げて、ドーンの言葉を咀嚼した。
先生がずっと皆の近くにいてくれる?
共同墓地に入れられてしまって、もう個別に会いに行く事は出来なくなってしまったと思っていたのに、私たちだけの先生のお墓を作る。
そう理解が追いついた時に、エルは大きく頷いた。
「まあ流石に今日は無理だけどな、けどなるべく早くに作るからな。だけどなんせコッソリだから、うまくやんなきゃいけねえんだ」
ドーンのケリー先生を敬意を持って弔おうとする気持ちが嬉しいエルは、ドーンの言葉の一つ一つが涙腺と喉を刺激して、声を上げる事が出来なかったが感謝を込めて何度も頷いた。
そんな首振り人形の様なエルに苦笑した後にドーンが、だがなと続けて言った。
「エル、何度も言ってる様にこれはコッソリやるんだ。
養護院は教会の施設だからな、表立って逆らうのは悪手だ。特に養護院の責任者の院長に見つかるのはやべえ。教会にバレる前にめんどくせえって墓を壊されちまう。
だからまだよく物事分かってねえお前は、ケリー先生の話は俺かあの兄妹以外にはすんじゃねえぞ。それと話題に出す時は周りにも気を付けろ。
エルがもっと大きくなって色々分かってきたら分別付く様になるだろうが、今はなんかあっても咄嗟に判断つかねえだろ?だからまだチビ助のエルにはそれが約束だ。どうだ?守れるか?」
エルのしくじりのせいでドーンたちに迷惑はかけられない。これまた首振り人形の様にエルは何度も頷いた。
「よし、いい子だ。体裁が整ったら声かけるから、ちょっと待っててくれよな」
そう言うとドーンはまたゴツゴツで大きくて暖かな手でエルの頭を何度も撫でてくれた。




