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市議会——崩壊する権威

金曜日の朝、桜川市議会の議場前には、異様な熱気が渦巻いていた。


市民の傍聴希望者が列をなし、報道各社のカメラが並ぶ光景は、もはや“地方議会”の域を超えていた。


その中心には、森田悠斗の姿があった。


黒いスーツに身を包み、真っ直ぐに前を見据えて歩く姿には、かつての迷いや躊躇はなかった。


議場に入り、重々しく扉が閉まる。



「第十一号議案、都市再開発事業に関する告発を受け付けます」


議長の宣言に、会場がわずかにどよめく。



一部の議員は書類の束を手に目を伏せ、滝本の席に視線を走らせた。


司会の促しを受け、悠斗が演壇に立つ。


一礼の角度は深く、彼の決意がその背中に刻まれていた。



「……本日は、市の未来を左右する重大な報告を、ここに提出させていただきます」



会場に緊張が走る中、彼は震える手でUSBメモリを差し込んだ。



スクリーンが点灯し、再生ボタンが押される。



——

《……見舞金で黙らせる。土地の評価額は下げておけ》

《市民の反対? “演出”すれば世論は変わる》

《再開発は“利益”だ。人の生活なんて、二の次でいい》

——



その瞬間、空気が変わった。


議場にいたすべての人間が動きを止め、凍りついたように沈黙した。



わずかに聞こえるのは、報道陣のカメラシャッター音。


ざわめく議員たちのささやき。


そして、滝本伸一の顔から血の気が引いていくのが、誰の目にも明らかだった。


「こんな録音……でっち上げだッ! 捏造だ!」


立ち上がった滝本が怒鳴り、議場に怒声が響く。


彼の隣で川崎市長は顔をしかめ、何か言おうとするも言葉が出ない。


だが——その時。


「その録音は、捏造ではありません」


静かな声が、傍聴席から聞こえた。


全員が振り向く。


ゆっくりと歩み出てきたのは、佐伯仁志。


グレーのコートを羽織った彼の表情には、恐れも迷いもなかった。



「私は、かつて桜川市役所の職員でした。

 この会議に実際に出席し、会話の内容を録音しました」



彼は、片手で高く掲げる。

それは、彼自身の署名入りの記録台帳だった。


「この証拠が、あなたたちの“正体”です」


会場が一気に騒然とする。


「やめろッ! この男は、問題を起こして辞めた過去がある!信用できるはずが——」

川崎市長の叫びを、佐伯が一喝で切り裂いた。


「黙れ!!」


その怒声は、議場の空気を打ち砕いた。


誰もがその言葉に、背筋を伸ばさざるを得なかった。


「私は過去、市民を裏切った。

 だからこそ、今度こそ命を懸けてでも、この街を守ると決めたんだ!」


言葉の一つひとつに、過去を悔やみ、未来を守ろうとする者の決意が込められていた。



その言葉に、議場の隅で、記者・藤嶋が小さく息を飲む。

(これが、報道でも政治でもない——“人間の声”だ)


彼は、静かにメモを取りながら、自身の手が震えているのを自覚していた。


上から届いた「編集判断の逸脱に関する文書」が頭をよぎる。


けれど今、真実は確かにここにあるのだ。




そして——再び悠斗が、前を見据えた。


「僕たちは、暴くためにここに来たのではありません」

「証明するために来ました。

 嘘の上に築かれた街は、いずれ崩れる。

 だから今、事実という礎を、この街の未来に据えたいんです」



議場全体が静まり返る。



議長が震える声で言った。



「……審議に入ります」



それは、長く続いた欺瞞の幕が、ついに下ろされた瞬間だった。



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