影の動き——“消される”正義
市議会での告発が現実味を帯びたその夜、
川崎市長の執務室では、ひとつの命令が静かに下された。
「……佐伯仁志の“行政OB枠”を調べろ」
市長の秘書が、素早く応答する。
「はい。中央省庁からの出向者リストと、彼の退職理由を含めて整理します」
川崎は、机の引き出しから封筒を取り出した。
中には、監査委員会の非常勤委員長あての手紙が入っている。
「来月の監査対象に“旧記録管理室の調査手順”を加えてほしい」
それは、佐伯がかつて勤務していた部署だった。
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その数日後、市役所職員向けの内部通達が流れた。
「情報持ち出しに関する職務規律の徹底」
「退職者による内部資料の開示については、法律に基づく“開示責任者”の判断が必要」
行政用語を盾に、合法的な“内部通報の封じ込み”が進行していく。
一方で、商工会は独自に「地域経済における誤報被害の検証」という名目で、
某地銀と地域経済新聞社へ“要望書”を送付していた。
そこにはこうある。
「誤情報に基づく報道・拡散は、結果として地域の雇用と信用に多大な悪影響を与える」
「我々は、根拠なき風評被害から商工会員を守る責務を負う」
“真実”の告発は、『地域の信用を損なう“迷惑行為”』とすり替えられていく。
その裏では、匿名で作られたSNSアカウントが活動を始めていた。
「内部告発と称して市民の生活を混乱させる行為に、私は断固反対する」
「“正義ごっこ”で街が潰れてもいいのか?」
このアカウントは、わずか数日でフォロワーを1万人近く集めた。
中には、商店街を支援していた一般市民までもが、疑念を抱き始めていた。




