鍵を開けるための鍵——元市職員との交渉
夜のファミレスの片隅。
店内の照明がぼんやりと光を落とす中、悠斗と秋山は、テーブルを挟んで一人の男と向かい合っていた。
中年の男は、神経質そうに指を組み、ソワソワと周囲を気にしている。
名前は佐伯仁志。
ついこの間まで桜川市役所で「都市整備課」に勤めていた元職員。
ある日突然退職し、今は派遣で細々と働いているという。
「……で、何の用だって?」
佐伯の声は警戒に満ちていた。
悠斗は、ゆっくりと切り出した。
「佐伯さん。あなたが市を辞めた理由、ただの自己都合じゃないですよね?」
「……は?」
男の目が一瞬だけ揺れた。
秋山がすかさず、穏やかに笑いながら言葉を重ねる。
「“あの再開発計画”と、あなたの退職時期は完全に重なっているんです。」
「おかしいと思いません? 桜川市の都市整備計画に関わっていた職員が、急に姿を消したなんて。」
佐伯の目が鋭くなった。
「……そんなの、偶然だ。」
「偶然って言うには出来すぎてますよ。」
悠斗は、ポケットから一枚の資料を取り出した。
「これ……市議会議事録。再開発計画が“極秘扱い”に切り替わった月と、あなたの退職がぴったり重なってます。」
「さらに、市役所の内部通報制度——あなたが申請した履歴、まだ残ってるんです。」
佐伯の肩がピクリと震えた。
「……なんだお前ら、探偵か何かか?」
「いえ、商工会の職員です。街を救いたい。ただそれだけです。」
秋山が、真っ直ぐに佐伯を見つめた。
「私たち、本気なんです。」
佐伯はしばらく沈黙していた。
ファミレスの中で、遠く子どもの笑い声が聞こえる。
その中で——
「……俺は、お前らみたいな若者を信用しないことにしてる。」
そう呟いた後、佐伯はアイスコーヒーを一口すすった。
だが——その目は、どこか揺れていた。
「俺は、確かにあの計画の末端にいた。途中から、議事録の削除指示や、特定の企業への便宜供与の資料整理を命じられた。」
「でもな……何も言えなかったんだ。」
「当時の課長は、市長と繋がってた。意見したら、俺みたいな下っ端は、すぐに潰される。」
「通報してもダメだった。話はどこかで漏れて、俺の家族まで嫌がらせを受けた。」
「それで……俺は退職を選んだ。」
——悠斗は、佐伯の言葉に、心の奥が静かに燃え上がるのを感じた。
「なら、なおさら助けてください。」
「あなたのその“正義感”、俺たちは無駄にしません。」
「俺たちは、もうここまで来たんです。商店街を、本気で守りたい。」
佐伯は、しばらくの間、黙っていた。
そして、ポケットから何かを取り出した。
職員証のコピーだった。
「……裏の警備ルートは変わっていないはずだ。地下のサーバールームに入るには、このカードの認証番号を覚えておけ。」
「でもな。」
佐伯は、最後に強く念を押した。
「これを使えば、二度と後戻りはできなくなるぞ。……それでもいいのか?」
秋山が、静かに頷いた。
「いいんです。むしろ……それが始まりですから。」
佐伯は鼻で笑い、手を振った。
「若いってのは、無茶ができて羨ましいもんだな。」
「……もう一度だけ信じてやるよ。正義を貫け。」
ファミレスの外に出ると、夜風がふたりを包んだ。
「……秋山さん、本当に行ける?」
悠斗が問いかけると、秋山はポケットの中のカードをギュッと握った。
「ええ。私たちには、この商店街の未来が懸かってるんだから。」
そしてふたりは、再開発計画の真相を暴くため、闇の中へと足を踏み出した。