現実という名の冷たい壁
「商工会が支援してくれない以上、運営資金は全部、自分たちで用意しなきゃいけないんだ」
悠斗は、プリントアウトした見積書を秋山に差し出した。
会場の設営費、広告・宣伝費、安全対策費——どれも必要不可欠。
「……最低でも、この金額が必要だな」
目の前の数字に、秋山は絶句した。
「こんなに……!? どうやって集めるのよ」
「スポンサーを探すしかない」
そう言い残し、悠斗は地元の企業や団体を訪ね歩いた。
――だが現実は甘くなかった。
「商工会の後ろ盾がないイベントなんて、リスクが高すぎるよ」
「万が一失敗したら、うちの信用にも関わる」
言葉を選びながらも、誰もがはっきりと断ってきた。
名刺だけが増えていき、心はすり減っていく。
雨の夕暮れ、人気のない駅前で悠斗は拳を強く握った。
「くそっ……資金がなければ、何も始められない……」
その夜、閉めかけた桜川商工会の事務所に、ぽつりぽつりと人が集まってきた。
「森田くん」
八百屋の田中茂が、封筒を差し出した。
「……これは?」
「みんなで少しずつ出し合った金だ」
「大した額じゃないかもしれない。でも、お前の熱意に動かされたよ」
後ろには、商店街の仲間たちがいた。理容店の島田、菓子屋の松田、文房具店の堀……。
「商工会が助けてくれなくても、俺たちはお前を信じる」
「だから、この街を、もう一度笑顔でいっぱいにしてくれ」
悠斗は、言葉を失い、ただ深く頭を下げた。
「……ありがとうございます……俺、絶対にこのマルシェを成功させます」
そしてその場で——
「スポンサーがいないなら、自分たちで資金を作ればいいんじゃないか?」
誰かのその一言に、空気が変わった。
「プレイベントだよ。桜川マルシェの“前哨戦”をやろう!」
田中の八百屋が、旬の野菜を使った「激安セール」で客を呼び込む。
松田屋は、「特製おまんじゅう」を限定販売して話題づくりに貢献する。
飲食店たちは合同でフードブースを出店し、通りに活気を戻す。
秋山はSNSを駆使し、宣伝を始めた。
「商工会の後援がなくても、私たちだけでできるってこと、証明してやろうよ!」
その言葉に、悠斗は拳を握り直した。
「よし、全力でやろう!」
――夜の商工会事務所に、確かな希望の光が灯った。
それは、かつてあきらめかけた夢の、最初の一歩だった。