103.(きっと驚くよ)
すると藤本は不思議そうな顔をして見せた。「トマソンはトマソンだけど?」
「おれがいる必要はあるのか」
「おおありだよ!」
「たとえば?」
すると藤本は、こどもみたいに口を尖らせ、頬を膨らませてみせた。
伸男は扉のない裏口の階段に腰を下ろし、膝の上にトートバッグを置いた。
「説明できないんだな」
「違うよ」
「なら、説明しろよ」
藤本は、すとんと伸男の横に座り、トートバッグを取り戻す。中に手を入れ、現像された数葉の写真を取り出し、伸男に突き出してきた。「ん」
藤本はまっすぐと睨むような目をしていた。
やや遠慮がちに、伸男は写真を受け取った。
モノクロの写真だった。
一枚ずつめくる。
「これがどうした?」
「よく見て」
武道館裏の、階段だ。
「昨日の?」
「そう」
「自分で現像したとか?」
「ん」
「藤本ってカメラが趣味?」
「違う」
言下に否定された。
一巡、写真を見終える。
藤本の意図するところが何なのか、さっぱりだった。
「分らない?」
「ひとの顔とか写ってたりする?」
すると藤本は、声を上げて笑い出した。「そんな写真じゃないよ」
お腹をかかえて笑う藤本に、伸男も何処か楽しい気持ちになった。
「なんなのさ」教えてくれ。
分らない自分がもどかしく、楽しそうに笑う藤本が羨ましかった。
ひとしきり笑い終えると、藤本は伸男から写真を取り返し、一枚、見せた。
「階段の右上、ちょっとよく見て」
「これがなんだって?」
黙って、次をみて。
藤本は一枚ずつ、ゆっくりめくっていった。
「分った?」
「いや」
もう、と藤本。「もっとよく見て、ここ」
写真を叩くその指は細くてしなやかで、まるで貝のようなきれいな桜色の爪を持っていた。
「ここだけピンぼけみたいだ」
「うん」藤本はにっこり笑った。再びトートバッグに手を入れて、今度はミニアルバムを取り出した。「ここ一週間の写真」
伸男はそれを受け取り、めくってみた。ポストイットで日付が貼ってあった。
一日目……二日目……。
「分る?」
伸男は頷く。「だんだん、大きくなってるみたいだ」
最初のぼやけたところは、写真についたほんの小さなゴミみたいだったが、昨日のものと比べれば、それが大きくなっているのが分る。
「もしかしてこれは、もっと大きくなるのか」
藤本は首を振った。「そうならならいと思う」
「どうして」
「無用階段ってたくさんあるから、もしこれがどこでも起きていることなら、もっと問題になってるはず」
なるほど。
「で、これはどうなるんだ?」
伸男の問いに藤本は答えず、代わりに両手を空に突き出し、伸びをした。
「いい天気だなー」藤本は独り言のように云った。「五月ってすごく好き。緑が眩しくって。毎年、こんなにきれいだったかなって思う季節」
伸男は顔を上げ、木漏れ日に目を細める。
「たしかに、なんか眩しい」
「わかる?」
「でも去年のことは思い出せない」
「じゃぁ今年の新緑の眩しさを憶えていて」
「それで?」
「来年、きっと驚くよ」
「ずいぶん先だな」
「そだね」
藤本は立ち上がり、トートバッグを肩にかける。
伸男は手にした写真と、ミニアルバムを返す。
ふたりは、校門で別れた。