2
零は直人と別れライブ会場の出口に向かうと、見覚えのある車が止まっていた。
その車から1人の男性が降りてきて、零の方へと歩いてきた。
「お疲れ」
「兄さん、お疲れ」
兄である結斗が車で迎えに来ていた。
「さぁ、早く乗れ。お見合いまであんまり時間ないぞ」
「分かってるよ」
零が助手席に乗ると、結斗はすぐに車を発進させた。
それから少しの間無言だったが、車を走らせてから10分ほどすると結斗が零に話しかけてきた。
「そんなに嫌そうな顔するなよ。相手に失礼だろ?」
結斗は困った顔で零に話しかけた。
「こんな顔にだってなるだろ。会ったことのない相手と婚約なんてしたくないし、そもそも高校生が見合いとかおかしいんだよ」
助手席で深いため息をつく零は今日で5回目のお見合いだ。
警察庁の幹部を務める人間を輩出する家に生まれたせいで、したくもないお見合いを両親から強いられているのだ。
実の所、零は警察官になる気すらないのだから家のことに巻き込まないで貰いたいと思っている。
「まぁまぁそういうなよ。案外、気が合って結婚までいくかもしれないだろ? それに今回の相手は特別な人だから、お前も絶対惚れると思うぞー」
「それは有り得ない。とりあえず今回も断る一択だな」
そう零が断言してから20分ほどでお見合いをするお店に到着した。
「零は先にお店に入っててくれ。俺は車を停めて後から行くよ。個室はお店の人が案内してくれるから」
「分かった」
零は車から降りてスタスタとお店の方へと歩いた。和風をメインとした格式のあるお店だ。
ガラガラ。
扉を開けお店に入ると、店員さんがお辞儀をして待っていた。
「いらっしゃいませ。21時にご予約されている東雲様でお間違えないでしょうか?」
「はい」
「先程お連れ様がお見えになられていたので、お先にお部屋にお連れさせて頂きました」
(お連れ様ってことは、もう見合い相手の人は来てるのか)
「それでは、お部屋へご案内させて頂きます」
店員はそう告げると、個室へと歩き始めた。
1部屋ずつ分かれているタイプの個室のお店のため、他の部屋の中は見えない。このお店は客のプライバシーを守ることに重点を置いているのだろう。
(芸能人とか政治家とかが使いそうな店だな)
零はそんなことを思いながら個室へと向かう途中、1番奥の部屋から出てきた店員2人とすれ違った。
「ねぇさっきのお客様、ものすごいイケメンだったわね」
「ほんとにかっこよかったわ! あんなイケメン見たの初めて! 芸能人かしら?」
随分と興奮した様子の店員を見て、零はやはり芸能人などが来ているのだろうと思った。
「こちらのお部屋でございます」
案内してくれた店員が足を止めたのは、先程とても興奮していた店員が出てきた1番奥の部屋だった。
(……ん? さっきの店員たしか、イケメンって言ってたよな……。ボーイッシュな相手ってことか?)
少し困惑している零に店員はお辞儀をして戻って行った。
「それでは失礼致します」
店員が去った後、1人部屋の前に取り残された零は意を決して扉を開けた。
ガチャ。
「初めまして。待ってたよ、零くん」
扉を開けると、そこには先ほどのライブにいたはずの王子が机の前に座っていた。
「・・・・・・え?」
銀髪の肩にかかるほどの長さの綺麗な髪に、水色の瞳、色白の肌、そしてまるで人形のように整った顔立ち。
間違いなく、先ほど零が見に行ったライブのアクロスのリーダーだ。
(えっ、な、なんでここにいるんだ・・・・・・?? 入る部屋を間違えたか?)
状況が理解できずに困惑している零を見て、彼女はクスっと笑った。
「驚くのも無理ないよね。私は美城ツキです。仕事で男装アイドルをしているんだ。今はこの格好だけど女だよ?」
「し、知ってる……。アクロスのリーダーだよな? 今日はライブだったんじゃ……」
「私のこと知ってたんだ!もしかしてアクロスのファンでいてくれたりするのかな?」
「いや、俺じゃなくて友人が。今日のライブも一緒に・・・・・・」
「今日のライブ来てくれたんだ!嬉しいなー!」
ドアの前で呆然としている零にツキはニコッと笑いかけた。
(ほんとにイケメンだな……全ての仕草がカッコイイ……)
「ツキさん、もう着いてたんだね」
突然後ろから声がして零は振り返ると、開きっぱなしになっていたドアに手をかけた結斗がいた。
「はい。ライブを終えてそのまま来たので早く着きました」
結斗とツキは知り合いなのだと零は思った。
「兄さん、どういうことだよ」
軽く結斗を睨みながら零は質問した。
「まぁまぁ落ち着いて。とりあえず、立ちっぱなしじゃあれだから座ろう。話はそれからするから」
結斗に促され、零はテーブルの前にある椅子に腰掛けた。
そして零の隣に結斗も座った。
「さて、本題に入ろうか。零、婚約者になるツキさんだ」
「知ってるよ。なんでこんな有名人が……」
「理由はツキさんから話してもらおう」
「実は零くんには婚約者だけじゃなくて、私のボディーガードもして欲しいんだ」
「ボディーガード?」
「そう。つい最近、酷いストーカー被害にあってね。警察の方と相談した結果、ボディーガードをつけようって話になったんだよ。それで零くんにそれをお願いしようと思って」
話を聞き、零は驚きと戸惑いから目を丸くした。
「いやいやなんで俺なんだよ!」
驚いている零を他所に、ツキはどんどん話を進めていく。
「君の父と私の父がちょうど知り合いでね。私がボディーガードを探してるという話をしたら、『零の婚約者になってくれるならぜひ』ってすぐに許可してくれたよ」
「俺のいない所でそんな話になってたのか……」
零は、軽くはぁとため息をした。
「ボディーガードなら警察の方が安全なんじゃないのか?」
「本当はそうした方がいいのは分かってるよ。でも日常で常に守ってもらうためにはいつも一緒にいる人じゃないといけないだろう? 警察も家の中までずっと一緒には居てくれないから。そうなったらもう婚約者しかなくて」
「なんでそこで急に婚約者になるんだよ」
「私の両親も私の婚約者をずっと探してたから、婚約者兼ボディーガードがちょうど良かったんだ。それで……零くんはどうかな? やっぱり私が婚約者だといやかな……?」
「俺がいやとかは一旦置いといて、アイドルが婚約者とか大丈夫なのか?」
零がずっと気になってた質問をすると、ツキは少し笑いながら答えた。
「流石に公開はしないよ。その辺は大丈夫だから、あとは零くんが頷くかどうかなんだよね」
(断りたい……けど、ストーカーのことを考えると断わりづらい……)
「零くんのプライベートはちゃんと守るから。それに私と婚約したらお見合いさせられることは無くなるよ? ちなみにこの婚約は1年だけだから、1年後に私のことが嫌だったり、好きな人ができたらこの婚約は破棄すればいいから」
(見合いをさせられることが無くなるのは確かにいいかもしれない。それにこんなイケメンなら何か起きることも無いだろう……。それならこの婚約はありかもしれない)
零は少し目を伏せた後、ジッとツキを見つめ、意を決して答えた。
「婚約しよう」
零がそう告げると、ツキはパアっと顔を輝かせお礼を言った。
「ありがとう零くん! 本当にありがとう! じゃあ、これからよろしくね」
「これからよろしく」
こうして、零はツキの婚約者となった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
もし少しでも面白いと思った方は評価、ブックマークお願いいたします……!