そうだ! 脱サラしよう!(5)
「ここがどんな世界なのかは、貴方に説明しても理解する事は出来ないでしょう。何故ならあなたは万年平社員で会社が嫌になって無計画な脱サラした後に行き当たりばったりな旅に出ようとしていたのですから」
「その通りなんですけど、自分が理解出来ない理由には全くなってないと思うんですが?」
サービススマイルのまま口を動かす美女に、雄太も愛想笑いのまま朗らかに返答した。
万年平社員を二十年もやって来た顛末として、明らかにディスられている台詞を吐かれても愛想笑いで返すスキルを自然と身に着けてしまったからだ。
なんて悲しいスキルなのだろうか。
「確かに自分は余り要領の良い方ではありませんし、お世辞にも頭が良いとも言えません……しかし、今ある状況を全く理解出来ないにせよ、端的には知って置きたいんですよ。このままだと帰宅する事だって困難極まりないんですから」
てか、それ以前にどうして自分の事をそこまで詳しく知ってんの? どっかで会ったか?……とか、他の質問もしたい衝動に駆られた雄太ではあったが、敢えて諸々の疑念を押し殺す形で、今聞きたい内容だけを目前の美女へと口にする。
すると美女は全く変わり映えしないサービススマイルのまま、こう言った。
「安心して下さい三橋さん。あなたはどの道、しばらく自宅に戻る事はありませんから」
「……は?」
雄太の口がポッカリ開いてしまった。
これはどう言う事だろう?
新手の拉致監禁なのだろうか?
困惑しつつ、額に嫌な汗が流れる雄太がいる中、美女は再び口を開いた。
「ここは貴方が理解する必要もない場所。そして、私は貴方の理解を超越した存在。これで理解出来ましたか?」
何を理解せよと言うのだろう?
「あの、もうちょっと掘り下げて貰えませんか?」
「端的に言えと所望したのは貴方ではありませんか」
「な、なるほど……分かりました」
取り敢えず雄太は頷いて置いた。
上司から意味不明な無理難題を口にされても、取り敢えず愛想笑いで乗り切ると言う悲しいスキルが発動していた。
そこから雄太は考えてみる。
彼女から得た、数少ない情報を元に雄太は自分が置かれた現況と言う物を冷静に分析しようとした。
果たして答えは出た。
目の間の謎女が、俺の上司より理不尽だって事だけは分かった。
「では、せめて名前だけでも教えて貰えませんか?」
もはや現状把握すら超絶困難な状態にあった雄太は、藁をもすがる気持ちで美女へと尋ねる。
すると、やっぱりサービススマイルのまま彼女は言った。
「名前はありません」
もうお手上げだった。