そうだ! 脱サラしよう!(4)
「あの……すいません。ここは何処の天国ですか?」
息を飲む程の美女を前に、雄太は右手を頭に当てながらも苦笑して尋ねる。
我ながらアホな質問をしているなと思ったのだが、ここが死後の世界じゃないのなら、他にどんな世界なのか分からないからだ。
「いいえ、ここは天国ではありませんよ?」
美女はにっこりと淑やかに微笑みながらも返答する。
「そうですか、分かりました。それじゃ地獄ですか?」
「だから、貴方はまだ死んでないんですって」
「なるほど、分かりました。つまりここは天国と地獄の境目……って事ですね」
「全然分かってないと言う事だけは分かりました」
営業スマイルで口を動かして行く雄太に、美女もスマイル0円状態でにこやかに返答して見せた。
会話の内容自体はアホだったが、お互いに態度だけはれっきとした大人の対応をしていた。
「じゃあ、ここは何処だと言うんです? 見る限り何もない世界にしか見えないんですけど……?」
雄太は軽く周囲に右手を向けながら美女へと尋ねた。
明らかにおかしい。
さっきまでは死後の世界なんだろうと思っていたから、そこまで驚く事もなかったが、もし死後の世界ではなかったと言うのなら、ここは何処だと言うのか?
「そうですね……ここは、私が住んでいる世界……とでも申して置きましょうか」
「……?」
少し考える様な仕草を見せながらもそう答える美女に、雄太は片眉を捻った。
「こんな所に普段から住んでいるんですか? 何もないのに?」
一体、どんな生活をしていると言うのだろう?
娯楽がない所の話ではない。
ハッキリ言って人間の基本的な衣食住すら存在しないレベルの真っ白空間だ。
今になって改めて見ると、その異様さが良く分かる。
地平線すらなく、底なし沼染みた純白の空間が前後左右にただただ広がっているのだから。
「必要としませんからね。私には」
「……はぁ?」
相変わらずのサービススマイルのまま答える女性に、雄太は「何言ってるの? コイツ?」的な顔を思わず作ってしまう。
「すいません……失礼しました。ちょっと意味不明な女だと思っているのですが、これで間違いありませんか?」
「失礼しましたと頭を下げてから失礼な台詞を言ってる間違いに気付いて欲しい所ですが、貴方にとって意味不明である事だけは認めます」
やや頭を下げてから答えた雄太に、美女はニコニコ顔のまま返答する。
依然としてサービススマイル状態は続いていたのだが、心成しか口元が引きつっている様にも見えなくはなかった。