そうだ! これは願望だ!(4)
「では……その思い上がった根性を叩き直して上げます。何処からでも掛かってらっしゃい!」
高飛車に胸まで張って挑発する亜明。
そんな亜明の姿は、視界が公園から平原へと変化した辺りから恰好を変えていた。
愛らしいフリルの付いた、外出用の服を上下セットで身に着けていた亜明であったが、空間転移後は軽装の剣士っぽい恰好に変わっていた。
軽いヘッドギアの様な物を付け、右肩に甲冑風味の肩パットが付いている。
上半身はくさりかたびらの様な物を身に纏い、右手に盾を左手に剣を握り絞めていた。
もうこれでもかってまでに「私は剣士です!」と、その姿が無言で語っていた。
「なんだ? そんなおかしな恰好して? コスプレすれば俺に勝てると?」
「勝てますねぇ? 魔導特化から近接特化に変えるだけで十分勝てます。何故なら「能力は私の方が上」だからです!」
「ほざいてろっ!」
直後、闘争心剥き出しのままレンが亜明へと拳を振う……と、次の瞬間。
ドンッッッッッ!
レンが吹き飛んだ。
「……がはぁ……っ!」
吹き飛んだレンは、顔を大きく歪めながらも口と鼻から血を流して、
ズザザァァァァァァッッッッ!
地面に顔をこすり付ける様にして、数百メートルばかり滑って行く。
「あら? 実に盛大なヘッドスライディングですねぇ? そこまで豪快ですと、ホームベースを守るキャッチャーすら吹き飛ばしてしまいそう!」
もはや引きずられているにも等しい勢いで吹き飛んでいたレンを見て、亜明は皮肉とも雑言とも形容出来るだろう嘯きを陽気に吐き出していた。
「あの……あれ、何が起きたのですか?」
他方、セシアは眉を捩って雄太に尋ねていた。
「そうですね……簡単に解説すると、レンの拳がこうぅ……来るとします」
セシアに質問された雄太は、そこで軽く説明する形でセシアの前に右コブシを彼女の頬辺りに向ける。
飽くまでもフリなので痛くはない。
元々好きな相手だったので、ちょっとドキッとなりはしたが。
「はい……そこで殴られた……わけではないですよね?」
「そうですね。亜明は右手の盾でガードしてます。それも直撃ではなく、コブシの中心をズラして受け流す形です」
言ってから、雄太は自分の右腕を左腕にぶつける仕草をしてみせた。
「受け流されたレンは、慣性の法則そのまま……勢いを殺す事が出来ずに前のめりになります。受け流される事を予期出来なかったのでしょうね? そして態勢が崩れた所に、亜明の膝蹴りがレンのみぞおちに入りました」
「……あの一瞬で、ですか?」
「はい。あの一瞬で……です」
「………」
かなり真面目にコクリと頷く雄太を前にセシアは絶句した。
全く見えなかったのだ。
レンが殴りに掛かった刹那、逆に吹き飛んだ。
セシアの目で捉える事が出来たのは以上である。
他方、雄太は違う模様だ。
何が起きたのか分からないので、取り敢えず近くにいる雄太へと尋ねてしまったが……どうやら、雄太にはキッチリしっかり亜明の動きが見えていた模様である。
一体、どんな動体視力をしているのか?
「ともかく、一つ分かった事があります」
「な、なにがわかったのです?」
程なくして、かなり真剣な眼差しのまま口を開く雄太を前に、セシアは冷や汗交じりのまま返答した。
一体何が分かったと言うのだろう?
いつになく神妙な顔をしていたので、妙に不安を搔き立てられる!
果たして雄太は答えた。
「俺達が天国に行く事はなさそうです……まだ」
「待って下さい! まだってなんです? それって、遠くない未来に天国があるかもって事ですよね? いやぁぁぁぁっ! 私はまだ頑張って人生を謳歌したいぃぃぃぃっっ! これから「生きてて良かった!」的な台詞を言う人生を送りたいっっ!」
「大丈夫! 大丈夫です! 今回は亜明が勝ちます!……と言うか、もう決着が着きました! 俺達も帰宅しましょう! それで死ぬ事はありません! 多分!」
「だから、最後に「多分」とか余計な言葉を付けないで下さいよぉぉぉぉっっ!」
必死でなだめようとする雄太に、セシアは無駄に取り乱す形で泣きながら反論したりもするのだが……余談程度にして置こう。
十分後。
「あそこまでする必要はなかったんじゃないのか?」
もはや自宅と化していたホテルの一室へと戻っていた雄太が、同じくホテルに戻って来た亜明に苦笑交じりで声を向けていた。
「だって……お兄様を馬鹿にし過ぎなんです! あの劣化コピー! しかも身の程知らず! 対策さえしてれば楽勝だと言う事実を叩きつけてやらなければ、亜明さんは怒りで三回死ねます!」
どうやって死ぬ気なんだろう?
何はともあれ、かなりの御冠だ。
亜明は頭から大量の湯気をまき散らしながら、プンプンと怒気を込めて喚いていた。
……あれから、亜明は卒倒していたレンの姿を確認した後、雄太と一緒にホテルへと戻っていた。
セシアが居た関係もあり、一旦は公園を経由したが、ほぼ真っすぐ戻って来たと述べても過言ではないだろう。
何せチェックインする事なく、公園からホテルまで直通で空間転移してしまったのだから。
もはやホテルに宿泊していると言う感覚すら薄れて来ているのかも知れない。
「そう言えばリリアはどうしたんだ? 自宅の方に帰ってるとか?」
「いいえ。多分、この部屋に居ます……あっ!」
何気なく質問した雄太の言葉に、亜明は軽い口調で返答した直後……ハッとした顔になる。
直後、素早く雄太の正面に立ち塞がった。
「お兄様! お風呂に行っては参りません! あの筋肉が入浴中ですから! あの脳ミソ筋肉女……性懲りもなくお兄様がお風呂に入るタイミングを見計らってラッキースケベ的な事をををををぉぉっ!」
「うん、お兄様としては亜明の思考がおかしいと思うからね? リリアだって狙ってやらないからね? てか、帰って来る頃合いを見計らって風呂に入るとか、その時点でおかしいからね?」
右手コブシをギュゥゥゥゥゥゥッッ! っと握り、忌々しいと言わんばかりに歯を食いしばって叫ぶ亜明を前に、雄太は自分なりの正論を比較的冷静に返してみせた。
実際、ただ風呂に入っているだけなんだろう。
これが意図してやってるイベント的な代物なら確信犯である。
雄太としては、心情的にリリアがそんなアホな事をしないと思いたい。
……いや、やらないでしょ、そんな事。