そうだ! 昔話をしよう!(29)
「俺は……さ? まぁ、一浪してるから本格的な就活は来年からになるとは思うんだけど……まぁ、そこも微妙に怪しくはあるんだけど、ともかく最終的には就活して……んで、自分がやって行けそうな職場に就く」
恐らくそれは、代り映えのない未来だ。
……と、心で付け足しながらも、雄太はテーブル席の向かい側に座っている里奈へと声を吐き出して行った。
「………」
里奈は口を噤んだままだった。
言いたい事は沢山ある。
それはそれは……もう……山ほど。
しかし、今は雄太の言葉に耳を傾ける事に集中した。
まずは雄太の気持ちを知る。
……恐らく、聞くまでもない言葉しか言って来ないに違いないのだが……それでも、しっかりと雄太の言葉を受け止める必要があると里奈は思えたからだ。
「正直、俺は東京に戻らないで、このまま……この片田舎で適当に生きて行くのも悪くはないかな……なんて思った。この……大した物がない、ちっぽけな片田舎で、だ。地味に静かに……誰彼に期待される事もなく、ひっそりと」
「うん、そうだね。それも悪くないね……あたしもこの街、結構好きだし」
バンッ!
雄太の言葉に軽く肯定交じりの言葉を返した里奈がいた直後、テーブルを激しく叩く雄太がいた。
いつになく怒りに滲む……憤怒の形相で。
それでいて悲しく……瞳に涙を滲ませながら。
「お前は居ないんだよ!」
直後、雄太は激高した。
滲ませていた涙が零れ落ちそうだった。
同時に雄太は顔を俯かせた。
目に浮かべている涙を里奈に悟らせたくなかった。
自分でも分かる……分かっているのだ。
俺……マジでダセェ……。
不甲斐ない自分。
こんな事しか言う事が出来ない甲斐性なし。
社会に対し、何も抗う事が出来ない無力な自分。
けれど現実はこんな物で。
自分に出来る事なんて細やかで。
どう頑張っても、彼女に釣り合うだけの存在になんてなれない。
「お前は……世界から、何万って人間の期待と羨望を一身に受けているお前は……片田舎でひっそり暮らす俺の隣になんて居るわけが……居られるわけがない……分かってるだろ? こんな事!」
声を震わせ……唇を嚙みしめながら……必死で口から言いたくもない言霊を吐き出した。
本当はこんな事なんて言いたくない。
本当は……里奈が近くに居て欲しい!
本当は……いつまでも一緒に居たい!
だが、もう……許されない。
子供ではないから。
社会を生きる大人になるから。
小さな会社で安月給を貰って、どうにか平凡な一日を送る事が出来たのなら御の字だった自分とは、住む世界が違う相手に固執出来る時間は終わった。
果たして里奈は答えた。
「分かんないね」
神妙な顔付きのまま、真顔になって言う。
そこから雄太がすかさず反論しようとしたが、雄太の口が動くよりも先に里奈が素早く喋り出した。
「あたし! アンタと一緒に居れないって言うなら、ピアノ辞めるから!」
「……………………は?」
突然の爆弾発言に、雄太は思わず顔をフリーズさせてしまった。
ついでに思考までフリーズしてしまい、言葉が詰まってしまった。
そんな……雄太がポカンとなって呆気に取られている中……里奈は話を始める。
里奈は内心で思った。
雄太の話しは、これで十分だ。
十分、しっかりちゃんと耳を傾けた。
だから、今度は自分の番。
そう思えたのだ。
「取り敢えず、聞いて……雄太? あたしってさ?……アンタも分かるとは思うけど人付き合いが苦手で、口下手で……上手に会話する事が全然出来ない面倒なヤツで……本当、自分でも自己嫌悪する時がある」
里奈は笑みのまま雄太へと答えた。
ハッキリ言って笑顔で言う様な話しではない。
なんと言っても、自分のコミュ障を赤裸々に暴露している様な物だったからだ。
「昔から人付き合いが下手くそで……友達だって、中学に入ってようやく一人出来ただけ……それだけ。その友達だって、奇跡的な偶然が色々あってようやく一人だよ。我ながら良く友達が出来たものだと思ってるぐらい」
言ってから、里奈は苦笑した。
実際問題、里奈の対人関係は絶望的だった。
周囲から「氷の女王」的なあだ名を貰った時すらある。
理由は会話をしていても顔色一つ変えないから。
喜怒哀楽を全く表に出さず……あたかも表情筋がないのでは? とかって感じの冗談を嘯きたくなる程度には感情を表面上に出す事がなかった。
「馬鹿だな~……って思う。過去に戻れるなら、もう少し他人と仲良くするスキルを磨け!……って、言いたくなる……なるけど、あたしもあたしで他の人間に興味を持つ事がなかった」
里奈は少し思い出す様にして、雄太へと語りかけていた。
対人関係が絶望的だった一番の理由は……里奈自身にあった。
今にして思えば、そうなんじゃないかと里奈は思う。
理由は簡単だ。
他人は他人だったからだ。
そして、興味の対象にすらならない。
自分は自分で、自分の思った様にやる。
……それだけだった。
これが里奈の全てだった。
特につまらないとも、悲しいとも、寂しいとも思わない。
物心付いた時からそうだったから。
自分がやりたい事があるのなら、自分が好きにやれば良いだけの事であり、そこに他人を必要とする意義なんてなかった。
一人で出来ない事はやらない。
特にやりたいとも思わなかった。
それで良かった。
だから、他人は他人でしかなく、常に見えない壁の様な物を張り……隔離された遠い場所にたたずみながら、無関心でいられた。
あなたと出会う前までは。