そうだ! 昔話をしよう!(22)
春に出会い、夏に付き合い始めた二人。
恋人同士になった二人の恋模様は目まぐるしく進展した。
やはり彼氏・彼女と言う関係は、二人にとって大きな好転材料となったのだろう。
これまであった敬語風味の会話が無くなると、互いに呼び名が名前に変わり……以後、トントン拍子で二人の仲が深まって行った。
あたかもそれが……至極当然の結果であったかの様に。
生まれる前から、そうなる事を定められていたかの様に。
「ねぇねぇ? 今日は何にする? フライドチキンとケーキは鉄板として……他は?」
「じゃ、おでん」
「え? マジで言ってる?」
にこやかな笑みを快活に作って尋ねる里奈に、雄太は割と真面目な顔で声を返すと……間もなく里奈も真顔でビビッていた。
フライドチキンとケーキが確定事項なのは他でもない。
今日は12月24日。
クリスマス・イブだったからだ。
しかしながら、イブの食卓に並ぶ食べ物におでんをチョイスして来るとは思わなかった里奈は、思わずミスマッチにも匹敵する雄太のセンスに軽く引いていた。
「良いだろ、おでん。コタツに入って食べる物と言ったら、俺の中ではみかんと鍋とおでん。異論は認めない」
「いや、認めてよ! ケーキにおでんは合わないでしょ! せめてピザとかにしようよぉぉっ!」
謎のおでん推しを頑なに見せる雄太に……しかし、それでも食い下がる里奈がいた。
そんな里奈は知っている。
何故か雄太はおでんが好きだ!
コンビニのおでんを毎日買って来る程度には大好きだ!
だからこそ言いたいのである。
「クリスマスはおでん禁止!」
里奈は口を膨らませて答える。
「いや、禁止はやり過ぎだろ? せめて俺が食べる一人分……なんつーか、ほら? 酒のつまみにさ?」
「禁止にしなかったら別れるぞ?」
「おでん禁止で」
口をリスにした状態のまま、とうとう半べそになっていた里奈の言葉に、雄太はソッコーで首を縦に振っていた。
里奈の最終奥義「○○しなかったら別れる」が発動してしまったからだ。
この言葉が出る時は、根本的にかなり怒っている。
下手に刺激すると、後がとんでもない!
以前、一回だけ「じゃあ、別れるか」と、売り言葉に買い言葉的な感じで乗ってしまったら……真面目に一週間は口を聞いて貰えなくなった。
流石に、本当に別れるまでは行かなかったのだが……破局の危険が極めて高かったのはあの時だったに違いない。
以後、雄太はこの言葉にとんでもなく弱い。
そして里奈の切り札にさえなってしまった。
果たして、この「○○しなかったら別れる」が、後に大問題へと繋がってしまうのだが……まぁ、それはもう少し先の話だ。
閑話休題。
「それにしても、良く時間取れたな? 年末年始は大学の友達とか知人とかに、色々誘われてるって話しをしてなかったか?」
「……ああ、そんな事もあったね」
軽く思い出す感じで言う雄太の言葉に、里奈も里奈で「今思い出しました」って感じの顔を作って声を返した。
実を言うと、クリスマス・イブには色々な人間から多角面の誘いを受けていた。
個人で集う簡素な合コン的な物から、著名人が集まるクリスマス・パーティー……果ては、なんか有名らしいヴァイオリニストからのコンサートの招待まで。
流石は国内屈指のピアニストと言うべきか?
プロにこそなってない、単なる音大生ではあるのだが……卒業と同時に世界へと羽ばたく事を確約されていた里奈の周囲には、至極当然の様に様々な人間が存在していたのだ。
しかしながら、里奈は超絶コミュ障。
まともに会話する事が出来る異性など、雄太を抜かせば一人も居ないと言うのが現状だ。
そして、なにより。
「イブだよ? 普通は恋人と一緒に過ごすんじゃないの?」
里奈としては、イブの夜は既に決めていた。
雄太と二人で、楽しくイブの夜を越える。
「まぁ……世間一般で言えば、そうなるのか?」
「あたしも、その「世間一般」に入るんですけど?」
軽く腕組しながら言う雄太に、里奈は眉間に皺を寄せて反論した。
特に悪気があって言っている訳ではないのは知っているのだが、雄太はどうしても里奈を一般人扱いしない傾向にある。
……まぁ、普通に考えて本当に有名人なんだから仕方ないとは思うのだが。
けれど、里奈からするのであれば、大きな間違いであると言いたい。
ピアノは好きでやっていた。
人よりちょっと上手だったから、これで進学が楽になった。
……それだけだった。
強いて言うのであれば、最近はピアノを続ける理由が一つ増えた。
雄太が褒めてくれる。
……でも、だけど。
ピアノが原因で雄太と離れたくない!
「ともかく! あたしはただの学生! あんたも学生! 冬休みで年末だって言うのに里帰りもしないで恋人の家でイチャコラしようとしてるリア充!」
そして爆発する!……訳はなく。
「……はは、そうだな。そう言えば、今年は帰郷してねーや。たまには顔を出しても良いんだけどなぁ」
「ん? 里帰りするの? じゃ、あたしも行く!」
「………は?」
「え? なんでビックリしてんの? あたしら付き合ってんだよ? 普通じゃない? しかも大学生だぞ? 卒業したら結婚も射程圏内だぞ? 両親に挨拶は礼儀でしょ?……それとも何? あたし程度じゃ、家族に見せられないとでも?」
「いや、うん……まぁ、そうな?」
ジト目で睨み付けて来る里奈に、やや根負けする形で相づちを打つ雄太がいた。
正直言うと、出来過ぎて両親に里奈を紹介するのがキツイ。
東北の片田舎に住む親父とお袋が腰を抜かしてしまう姿が目に見えるレベルだ。
「里奈は美人過ぎるからなぁ……性格も明るいし、最近は家事も結構出来るし……ビビり過ぎて親父が心筋梗塞で倒れなきゃ良いんだが」
「あはははっ! なぁ~に、それ? そんな事がある訳ないじゃない」
「いや、マジであるぞ? それだけ俺の里奈さんはスゲー女だ」
「……真面目な顔して言わないでよ。流石に恥ずかしい」
真剣極まる顔で口を開いて行く雄太に、里奈は思わず赤面してしまった。
恋人同士となってから以降、互いにフランクな会話をナチュラルに出来る様になったのだが……それでもやっぱり雄太に絶賛されると気恥ずかしさで一杯になってしまう。
「と……ともかく! 里帰りする時はあたしも良くから!」
その後、雄太と里奈は年越しのタイミングで大宮から東北新幹線に乗る事になるのだが……ここは、話す機会があったら述べる事にしよう。