そうだ! 昔話をしよう!(18)
「……じゃあ、今度の花火大会で決まりなの……かな?」
こんな事を言ったのは………………里奈だ。
見れば、事務所を兼任しているソファの後ろ……教室の出入口付近にある柱の陰に身体を隠し、顔だけヒョッコリ覗かせている里奈の姿があった。
「……へ?」
雄太はポカンと、口をポッカリ開けてしまった。
理由は実にシンプルだ。
さっき里奈が教室を後にした事を見ていたからである。
他方、雄太も一緒に近くまで帰宅しようとしていたのだが、途中で千春に呼び止められていた。
そしてデートプランを練ると言う話に続いて行くのだが、
「八代さん……まだ帰ってなかったのか」
「えぇと……うん、そ、そうだね……あはは」
千春に呼び止められて引き返した雄太の姿がどうにも気になって仕方なかった。
結果、二人の会話を部屋の柱で隠したまま、聞き耳を立てていた訳だ。
一応、里奈なりに一定の期待と言うか……予測が出来ていたりもする。
ここの理由も結構シンプルな物で、少し前に似た様な事を千春に言われていたからである。
結果だけを述べると、デートの単語を頭に浮かべた直後、雄太とあれやれこやと甘酸っぱい体験をする妄想……もとい、予想をした顛末に思考回路がショートしてしまい、そのまま卒倒してしまうと言う残念な顛末が存在していた。
本当に残念な顛末だった。
そこで今度は話の矛先を雄太に向けるんじゃないのか?
……そうと予測する里奈がいた。
果たして、予想は的中した。
「三橋君が良いのであれば……だけど、あたしは全然暇だし……友達とかに誘われてもいないし」
そもそも友達いないし。
流石に最後の台詞を口にする事は出来なかったが、里奈は瞳を右斜めに落としながらも、精一杯の勇気を振り絞って口を動かしていた。
内心では思う。
断られたら……どうしよう。
ここまでのお膳立てがある状態で、雄太が断ると言う事は可能性からして1%にも満たない状態ではあったが……しかし、それでも里奈は思った。
怖い!……苦しい!
心臓がバクバク鳴っている。
頭がおかしくなる……息苦しさは途方もない。
このまま過呼吸起こしてバッタリ逝ってしまいそうな勢いだ。
他方の雄太も気が動転していた。
そもそも先に帰っていた里奈がヒョッコリ会話の中に入って来た時点で、雄太の精神状態は超カオス!
笑えない心理状態だ!
更にデートプランを考えていると言う段階で、いきなり誘おうとしていた張本人が御登場とか、どんなサプライズですかと声を特大にして叫んでやりたい!
しかしながら、ここで引き下がると言う訳にも行かない!
むしろ、これは大チャンスだ!
喪女とは違い、こちらは経験値が足りないだけの好青年。
……まぁ、顔は普通だから「好青年」と表現するのもどうかと思うけど、少なからずコミュ障を患っている訳ではなかった。
だからと言うのも変な話なのだが、
「じゃあ、午後六時に駅前で。万が一の事があると悪いから、連絡先だけ教えとくよ」
雄太は笑みのまま答えた。
努めて明るく……里奈が不快にならない様に微笑みを作って答えていたが、額には思い切り汗が滲んでいた。
きっと本当は、かなりテンパっている!
元来であるのなら、目が渦巻き状態になっている!
けれど……思う。
こんなチャンス、もう二度とないかも知れない!
話しの流れからして、ここで里奈が首を横に振ると言う事はないだろう。
それなら……この場は死んでも話を押し通すっっ!
かくして。
「う、うん……分かった。連絡先もありがと……あ、それだったらあたしのも渡しとかないとね?」
結果的にデートプランを練ると言うだけの些事が、二人にとって大きな一歩を踏み出す切っ掛けになって行くのだった。
ドォォォォーンッッ!
夏の風物詩が、夜空に艶やかな光の絵画を描いて行く。
それは一瞬の中に垣間見る光の芸術。
真っ暗なキャンパスに一瞬だけ生まれる刹那の華と言えた。
「綺麗だね」
次々と夜空に舞い散る大輪の華を前に、雄太は笑みを作りながらも口を動かして行く。
隣に立つ浴衣美人……八代里奈に。
「うん……そうだね」
雄太の言葉に、里奈もやんわり微笑みを作りながらも返答した。
そんな里奈は、言葉に反して上の空である。
実を言うと雄太も雄太で、花火とか二の次三の次だったりもするんだけど……まぁ、そこに関しては後で述べる事となるので、取り敢えず今回は一旦置いておこう。
閑話休題。
本日の里奈には目標が存在していた。
目標は主に二つ。
一つは、雄太に名前で呼んで貰う事。
ハッキリ言って里奈にとって大きな課題である。
なんでか?
千春は名前なのである。
バイトに入った当初こそ七篠さんと呼んでいたのだが……一ケ月もしない内に、雄太は叔母を「千春さん」と呼ぶ仲になっていた。
ここに恋愛感情があるのかと言われたのなら? 秒でないと言い切れる程度の自信はあるのだが……けれど、やっぱり気分が悪い。
個人的には自分だって名前で呼んで欲しいし、里奈だって彼を「雄太」と呼びたいのだ。
しかしながら、現状は同じ職場の一個人に過ぎず、名前で呼んで欲しいと言う理由も切っ掛けがなかった。
特にコミュ障を拗らせてしまった喪女にとって、意中の相手に名前で呼んで貰うなんぞと言う高等テクを簡単に出来る筈もなく……今でも「雄太君」「千春さん」って感じで呼び合う二人の姿をジト目で見る日々を悶々と続けている。
よって、この問題を今日なんとか解消したい!
これが一つ目の目標。
次に二つ目。
実は、こっちが里奈にとっては本命と言えた。