そうだ! 昔話をしよう!(17)
……しばらくして。
「えぇと……そのぅ……色々とすいません」
数分程度の時間が経過した事で、ようやく頭が冷えて来た里奈が……しかし、依然として顔を真っ赤にした状態のまま、近くで苦笑していた雄太へと軽く頭を下げていた。
多少は平静になる事が出来た模様だが、未だ平常心とは程遠い模様である。
本当に……どうなってんだろう……?
内心で無駄にドギマギしている自分をどうにか隠しながら声を絞り出す形で謝る里奈を前に、雄太も苦笑のまま声を返した。
「いえ、こちらこそ……なんかすいません」
取り敢えず、頭を下げた。
自分に非があるとは思えないけど、取り敢えず謝る所から入ってしまうのは、美女を前にした悲しきチェリーボーイの姿と言うべきか?
未だ年齢と彼女いない歴がイコールで結ぶ事が出来た彼にとって、見知らぬ美女との会話は高レベル案件以外の何物でもなかった。
そこから暫く沈黙が続く。
お互いに顔を俯かせたまま赤面し……一切の言葉を交わす事なく、なんちゃって睨めっこをしているだけだ。
それら一連の流れを近くで見ていた千春は、思わずにんまりとしてしまう。
同時に気付いた。
ああ、里奈のご執心って雄太君だったのか。
そして、雄太君も。
「これは面白い事になるかも知れないねぇ……あははっ!」
千春さんは高らかに笑い、未だ赤面睨めっこを続けている二人を軽く見据えた。
こうして、雄太と里奈の二人は「再会」した。
「だからねぇ? 女ってのは大変なのよ?……いい? 夏祭りに行くとしたら、まずメイクして服を浴衣にするでしょう?……そしたら、靴って訳には行かないから草履なり下駄なりを用意する。手間とお金が無駄に掛かる訳よ? 挙句、下駄は歩きづらいし、親指と人差し指が痛くなるし! 浴衣でトイレ行くのは面倒だし!」
……と、講釈を垂れているのは、里奈の叔母にして七篠子供ピアノ教室のオーナーでもある七篠千春だ。
そして彼女の講義(?)を受けていたのは、近くのソファに座っている雄太である。
雄太と里奈の出会いから三ヶ月が経過し、季節も春から夏を迎えていた。
大学もボチボチ夏休みである。
……あれから、雄太は七篠子供ピアノ教室の雑用係としてバイトを続けていた。
そして里奈も。
元来、里奈はなんちゃって講師として一時的にやって来ていただけだったのだが……なんだかんだで正式なバイトとして、このピアノ教室へと足繫く通う様になっていた。
建前は、生活費の安定と向上。
本音は、雄太と一緒に居たいから。
ハッキリ言って、本音が見え透いていたりしたのだが……千春が快く許諾した事により、里奈もバイトの講師として七篠子供ピアノ教室へとやって来る事になったのであった。
……と、この様な形で、雄太と里奈の二人は「同じ職場の仲間」と言う関係が出来上がって行くのだが、だ?
そこから先が全く進まない。
当然と言えば当然と言える。
方や草食系男子のお手本みたいな男子。
方や激烈コミュ障女の決定版!
こんな二人が、高々三か月でなんらかの進展を迎える筈がないのである。
思春期真っ盛りの少年と比較すれば、まだ大人ではある雄太であっても、どどめ色の高校時代をセピア色風味に送って来た彼には、美人で優雅過ぎる華の音大生とキャッキャウフフ出来るだけのEXPを所持してなかった。
他方、見た目こそ優美で成績も優秀ではある物の……人間が生活をして行く上で必要と言えるだろう基礎的な物を根本的に持ち合わせて居ないと言う、美人な喪女にとって、異性云々の前に人間との対話で悩んでしまう、驚異的な残念さ加減!
つまり、どっちもどっちだ!
このままでは、二人の恋模様は百年経っても進展しないだろう。
そこで千春さんが一肌脱ぎました!
もう、どう頑張っても自力では無理だと判断しました!
おばさ……じゃなく、お姉さんもそれとなく助けてあげましょう!
そんなこんなで、千春は雄太に焚き付けてみる。
夏休みに入る事だし、里奈を誘ってデートでもしたらどうだ?……と。
最初は里奈にこの話を進めたのだが、焚き付け程度の冗談を口にした三十秒後に頭から煙を吹いて倒れてしまったので、仕方なく雄太へと話の矛先を変えてみた。
ついでに言うと、千春的な感覚であれば、初デートは男から誘った方が好ましいと考えている。
だって、燃えるし!
……どう言う理屈だと、小一時間ばかり聞いてやりたい理由であったのだが、そこらの事情から雄太は千春と一緒に、里奈とのデートプランについてアレコレと話し合っていた。
こうして、この文節の冒頭に続いているのだった。
「花火大会も一緒! もし行くのであれば、あんたも気張りなさい! 服装とかもそうかもだけど、色々準備するとか! 女の方だけ無駄に手間暇掛けるとか男女平等の精神に反するからね!」
「………なら、何処が良いと言うんですか?」
「そうねぇ? 来月の頭に花火大会があるみたいだし、これで良いんじゃない?」
「千春さん、自分でさっき何を言ったのか覚えてますか?」
「私は過去を顧みない性格なのよ」
せめて五分前の自分の言葉程度は顧みて欲しい所だった。