そうだ! 昔話をしよう!(16)
これはどう言う超展開っ!
雄太は思わず発狂しそうになってしまう。
理由は簡素な物だ。
自分の中にある、なんだか良く分からないけど確実に存在する運命的な何かを感じた女性が、何故か? なんでか? どぉぉぉぉぉぉしてか!
「ここに居るとか聞いてないんですけどぉぉぉぉぉぉっっ!」
雄太は思わず絶叫した。
「ちょっと! 三橋君! いきなり何?」
直後、突発的に叫んでた雄太に、ソファの近くにあった机の上でパソコンをいじっていた千春が思い切りふためき声を返し、
「………う……うぅ……ん……」
里奈の意識が回復した。
「なぁに?……今の……?」
まどろみ状態から回復した里奈は、ぼんやりした顔のままむっくりと起き上がる。
起き上がった拍子にタオルが落ちて来た。
そこで気付く。
「……あれ? 私、いつの間に……眠って……っっ!」
自分が地味に恥ずかしい理由で気を失っていた事実に。
うわぁぁぁっ! なにやってんだあたしわぁぁぁっっ!
一瞬でカオス状態になってしまった里奈は、再びアワアワと頭を抱えながら狼狽えた所で……気付いた。
自分が気絶してしまった張本人が、息も吹きかかる程の距離に立っていた事実にぃぃぃぃぃっ!
「はわぁぁぁぁぁぁっっ!」
里奈は倒れた!
またしてもバッタリ倒れた!
上半身しか起き上がってなかったと言うのに、まるで普通に立っていたかの様な勢いでバッタァァァァンッッッ! っと倒れてた!
なんて派手な子なんだろう。
お陰様で、近くにいた雄太が顔面蒼白状態のまま、
「え! ま、待ってくれ! その倒れ方おかしいぞ? 凄く可愛い顔してるのに! 滅茶苦茶可愛いのに! 綺麗なのに、なんでそんな芸人みたいな倒れ方をするんだよっ!」
「ほっといてぇぇぇぇぇっっ!」
叫んだ雄太の返事は、幸か不幸か? 里奈本人の口からやって来た。
どうやら気絶は免れた模様だ。
しかしながら、里奈の心情は穏やかでは居られない。
なんでか?
理由は主に二つある。
一つは、雄太のツッコミ染みた台詞だ。
抜粋して一部分を(里奈の都合に合わせて)リピートすると、こうなる。
凄く可愛い!
滅茶苦茶可愛い!
綺麗! 美人!
恋人になってくれ!
……最後の辺りは言ってなかった気がするんだけど、里奈の耳にはこう聞こえた。
最後は芸人だったと思うけど、こんな風に聞こえていた。
どんな耳してんだよ?……と言いたい。
閑話休題。
実を言うと、美辞麗句を男子から受けた経験は腐る程ある。
それはそれは……もう、うんざりするまでに。
余りにも鬱になり過ぎて、鬱憤晴らしも兼ねる形で身近な同性に相談すると「何? マウントでも取りたいの?」とかって感じの、不快な顔をする程度には、男性からの好印象アピールを受けた記憶がある。
そして、彼の言葉もまた、同じ感情が自分の心に転がって来る筈だった。
初対面も等しい、なんだか良く分からない男に言われる誉め言葉なんて、今までの経験からしてロクな事がない。
妙にドス黒く……得体の知れない不安すら感じる、好奇の感情が言霊を通じて自分の心へと侵入しては、精神が酷く不快になるだけだ。
一回や二回だけなら耐えられる……耐えられるけど、これが十回、二十回と継続して行くと……もう、精神的に大きく沈んでしまう物だ。
そして、彼の台詞もまた、文字的な物で言うのなら……主に高校時代とかで良く耳にした、美辞麗句のお手本みたいな台詞だった。
そうなれば、気持ち悪い感情が精神の中に侵入しては、不快感極まる心情で脳がパンクしてしまう。
……でも、そうならなかった。
否、そうじゃない。
むしろ……嬉しい。
「な、なんでこうなるのぉぉぉっっ!」
里奈は、ソファの上にあったクッションを頭に被っては身悶えた!
そして二番目の理由である。
これが結構致命的だ。
自分でも馬鹿だと理解出来る程度には、おかしな態度を取っている。
常識の上で言うのなら、醜態晒しまくりで発狂してしまう程度にはおかしな態度を見せている!
それが恥ずかしいやら悲しいやらで……気が狂いそうだ!
実際に瞳からは、じんわ~っ! って感じで涙が出てた。
ついでに、感情があぶれて鼻水まで出て来た!
こんなんで良いのか! 華の音大生!
通常、こんな感情のあらぶりなんて物は、概ね中学と一緒に卒業しているのが一般的なのだが……悲しいかな? スーパー遅咲きの初恋状態が今だった里奈にとって、制御不能と化した現状の精神を上手にコントロールする術を未だ知らないままでいた。
「お、落ち着いて!……えぇと……そのぅ……」
他方、遅過ぎる思春期の到来に荒ぶりが止められない音大生を前に、必死で宥めようと試みる雄太は……ここに来て、彼女の名前を聞いていない事に気付いた。
初めて彼女の顔を見た時……不意に口走ってしまった「里奈」と言う名前があったが、この名前が彼女の本名である可能性は低い。
何故なら、自分でも無意識で口にした名前であり、テキトーに言った名前だったからだ。
「七篠さん? 彼女の名前って何て言うんです? まだ自己紹介も出来てなかったんで」
「ああ、なんか今日、この子おかしいのよねぇ?……じゃあ、私から紹介しておくわ? 彼女の名前は八代里奈。私の姪っ子ね?」
「え? 姪?……七篠さん、あんまり似てないッスね?」
「え? バイト代減らしたい……って?」
「よぉぉぉぉく見ると似てますねぇ! そうでしたか! いやぁ~! 美人はやっぱり似る物ですよね!」
雄太は額にバケツ一杯程度の冷や汗を大量に流しながらもソッコーで言い直した。
バイトは雇用主に逆らっては行けないのである。
悲しい事実がそこに存在していた。