そうだ! 昔話をしよう!(15)
「へぇ……すぐソコのコンビニねぇ」
千春の言葉に、里奈は軽く頷きを返し、
「…………………………え?」
思い切りフリーズした。
同時に、顔が瞬間湯沸かし器状態で沸騰していた。
千春が示したコンビニは、さっき自分がコーヒーを購入した場所だった。
この半生で、一番の緊張感を(不本意なまでに)与えてくれた店員がいる場所だった。
「? どしたの里奈? あんた、顔……真っ赤よ? もしかして、風邪でもひいてた?」
「う、ううん! そ、そんな事は……多分、ない……と、思う」
「……? やっぱり地味におかしいわねぇ~?」
否定の声を上げ……しかし、声質が尻つぼみに弱くなり、更に両手の人差し指同士をくっ付け合わせながらモジモジし始めた里奈を見て、千春は少しニヤリと笑ってみせた。
どうして里奈がこんな顔で、声まで弱々しく……しかし、風邪の症状とは明らかに違う態度を取っているのかは分からない。
しかし、彼女なりに一定の解釈を取る事は出来る。
「ねぇ、里奈ちゃん?……あなた、もしかして男と付き合った事がないとか? あったりする?」
「っっっ!!!」
軽い確認のつもりで尋ねた千春の問いに、里奈は問いかけた千春本人が驚いてしまう程の勢いで過敏に反応して来た。
質問された瞬間、一気に耳まで顔を真っ赤にした挙句、尋常ではない素早さで後ずさり、眉を超高速で痙攣させていた。
その姿は、もはや「私は恋をしてます」と言ってる様な物だ。
厳密に言うのなら、思春期真っ盛りな少女の心情をコメディ風にアレンジしたかの様な態度と言える。
「おやおやぁ~? これはもしかして、もしかしちゃう? ねぇねぇ? 今、どんな気持ち? 季節は春だけど、気持ちまで春爛漫な今の心情を一言!」
「そ、そそそっ! そう言うんじゃないから! わ、私、そこまで軽い女じゃないし……っ!」
すっかりしたり顔になってしまった千春を前に、里奈は依然として真っ赤なファイヤーフェイス状態で、自分なりの精一杯な反論をしていた。
素直に言うのなら、里奈も里奈で大いに混乱している。
初めて会ったばかりの男を見て、いきなり緊張感がクライマックスしている!……なんて経験は、これが初めてだ。
まぁ、そりゃそうだろう。
そんな経験をする人間なんて、普通に考えて早々ある訳がないのだから。
まして里奈は、自他共に認めるコミュ障だ。
これまで老若男女問わずに、人とのコミュニケーションを取る事を好まなかった。
そんな自分が……いきなり、友達を通りこして恋人なんて……っ!。
「っっっっ!!!!」
ピィィィィィィィィッッッッ!!!!
そこまで考えた所で、頭の上にあった汽笛が強烈に鳴り響いた!
同時に頭から蒸気がモクモクと……。
「へ? ちょっ……里奈? じょ、冗談よ? 冗談だから! 里奈……里奈ぁっ! しっかりぃぃぃぃっっ!」
その後、里奈の意識は混濁した闇の中に消えた。
一時間後。
「七篠さん、ちぃ~す!」
コンビニの仕事を終えたばかりの雄太は、間もなく近くの雑居ビルへとやって来た。
自分の生活を向上する為に始めた、もう一つのバイト先へと、早速やって来たのだ。
バイトが終わって間もなく次のバイトに向かわなければならないと言うのは、心情的にちょっと泣けて来る。
しかしながら、仕事の内容はそこまで大変ではない。
ちょっと力仕事をしたり、場合によっては買出しに出たり、簡単な事務処理の仕事を手伝う程度の物だ。
その分、時給も地味に残念な代物ではあったのだが……コンビニのバイト代に上乗せで貰える訳なので、月額のトータル収入はそれなりになる。
何より、自宅に戻ってもゲームするか読書するかVHSでも借りて来るかのどれかになるのだから、ここで雑用してても困らない。
むしろ、これでお金になるのなら結構な話だ!
「あら、三橋君! お疲れ! 取り敢えず、今日は会計の仕事がちょっとあるから、そっちをやってくれると嬉しいかな……あ、それとさぁ?」
コンビニから徒歩三分の所にある次のバイト先……七篠子供ピアノ教室へとやって来て間もなく、雇用主でもある七篠千春は、雄太への挨拶もそこそこの状態でソファを指差してみせた。
「あの子の額に乗っけてるタオルを交換してくれない?」
「……タオル?」
千春に言われ、雄太はハテナ顔になる。
言ってる意味がサッパリ分からないが……。
「えぇと……誰か風邪でもひいてたのですか?」
雄太は不思議そうな顔のまま千春に聞いてみた。
「そうねぇ……ある意味、これも「病気」かな?」
「は、はぁ……そうですか」
「ま、大した事はないと思うから、タオルだけでも交換しといて? 洗面所の方に替えのタオルがあるから」
「分かりました」
地味に不明瞭な台詞を耳にはしている物の……雇用主に頼まれている雑用係と言えた雄太だけに、彼女の頼みを無下にする事は出来ない。
実際、ソファを見れば一人の女性が倒れているのが分かる。
タオルがデカ過ぎて、地味に顔は分からないのだが……。
「……まぁ、良いか。それじゃ替えのタオル持ってきます」
言うなり雄太は、新しいタオルを濡らしては固く絞り、ソファでノックアウトしている女性の元へと向かった。
「あ~もう……七篠さんは雑だなぁ……ったく!」
果たして、雄太は彼女の頭……と言うか、顔へと無造作に乗っているタオルを取ってみせる。
「……………はぃ?」
そして気付いた。
ソファで横になっていた女性が……里奈であった事に。