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最強の能力を貰ったら、もれなく有名になると死ぬ呪いも付与された。  作者: 雲州みかん
七章・そうだ! 昔話をしよう!
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そうだ! 昔話をしよう!(13)

 日常の中に非凡があった。

 普段通りの中に……普段では到底感じる事の出来ない、非日常体験が埋没していた。


 彼女が……居た。


「……里奈……か?」


 魂が震えた。


 頬に温かい一筋の雫が伝わる。

 

 自分でも、分からない。

 どうして、こんな気持ちになっているのか……さっぱり分からない。

 分からないと言うのに……それが当然だと言うのに、でも、それでも……尚。

 自分は知っている。

 この気持ちを。

 ぼんやりと……酷く曖昧だけど。

 霞にも等しい何かが……自分の心にあった。

 この時の雄太には分からない事ではあった。

 遠い遠い追憶の果てにある過去。

 三橋雄太と言う、ダメダメなFラン一浪生が生まれる前にあった約束を。

 かつて空虚な思考しか持ち合わせて居なかった存在が、生きる希望と目的を渇望するまでに至ったドラマの顛末を。

 

 彼女は人間になったのだ。


 尊い愛のある家族を作る為に。


 旦那は生きる希望。

 子供は生きる目的。

 家族は生きる渇望。


 かけがえのない、生きる為の意味。

 だから出会った。

 彼女と……里奈と。


「……どうかしました?」

「………へ?」

 声と同時に、我に返った。

 勤務先であるコンビニのレジに立っていると言う……現実に。

 そして、眼前で不思議そうに小首を傾げていた美しい女性……黒髪ロングの優美な淑女が、頭上に大きなハテナマークを作っては朗らかな微笑を浮かべている事実に気付いた。

「あ! いっいえ! なんでも……ははっ!」


 ピッ!


 我に返った雄太は、誤魔化し笑いを必死に作りながらも、商品のバーコードを読み取って行く。

 購入したのは温かい缶コーヒーだった。

 無駄に砂糖とミルクが入っている奴である。

 コーヒーはブラック一択の雄太からすれば、こんなのをわざわざ金まで払って購入する人間の気がしれないのだが……当然ながら客の買う物にケチを付ける程、雄太もおかしな店員ではない。

「110円になりまぅ」

 ……噛んだ。

 マジで恥ずかしい。

「……ぷっ!」

 直後、彼女も噴き出した。

 本気で死にたいと思ったのは、生誕十九年目となるこの瞬間であったかも知れない。

 時は1997年。

 消費税が5%となり、ノストラダムスの大予言が日本だけ地味に世間を騒がせていた時代。

 当時は全世界で騒いでいる物だと考える日本人もいた程。

 ……いや、世界の人間はそこまで暇じゃないよ。

 閑話休題。

 二十世紀のカウントダウンが続く中……その日、三橋雄太は彼女……里奈と再会した。

 






 ドキドキした。

「………なんで?」

 良く分からない。

 分からないなんて物ではない。

 徹頭徹尾、分かり様がないのだ。

 フランチャイズのコンビニだった関係上、店の名前程度は分かる物の……それ以外の事は何一つ分からないし、興味もなかった筈だと言うのにドキドキが止まらない御年19歳。

 八代里奈は、想定外の心拍出量に困惑を隠せないままコンビニを後にした。

 コンビニにやって来た理由は簡単。

 この店の近くにあるピアノ教室で、なんちゃって講師をする約束をしていたからだ。

 目的のピアノ教室まで徒歩三分。

 約束の時間は15分程度先の話。

 ちょっと時間に余裕が出来てしまったので、コンビニで軽くコーヒーでも飲んでから行こうかなぁ……なんて考えていた矢先の出来事だ。

「なんで、こうなった?」

 なんのけなしに向かったコンビニで、想定外の緊張感を無秩序に味わう羽目になってしまった。

 こんな緊張感は未だかつてあったろうか?

 いや、無い!

 一応、彼女は世間で言う天才肌である。

 高校時代は、一年生の時に全国ピアノコンクールで優勝、二年生の時には全日本学生音楽コンクールで一位に輝いている。

 もはや驚異的だ。

 コンクールは他にも色々と賞を受賞しているのだが……色々言ってるとキリがないので、現段階で彼女が主に受賞した物を上げるとこんな感じである。

 去年入学した音大も、顔パスにも等しい推薦を受けて入学していた。

 ちなみに「顔パスにも等しい」と述べたが、決して里奈の学力が低いと言う訳ではない。

 恐らく彼女が別の道を歩もうと推薦を無視してセンター試験を所望したとすれば、実力で別の有名大学へと入学する事は可能だったであろう。

 やる必要もないんだけどさ。

 ……それはさておき。

 彼女が奏でる音色は異質だった。

 どう異質か?

 この世ならざる何かを奏でるからだ。

 こう書くと、なんだかオカルトチックな話へと向かってしまいそうな気がするのだが……そう言う話ではなく、神秘的な何かを底なしに感じてしまう、彼女だけの独創的な音色が存在しているからである。

 それはもはや人間業ではなく……人間の枠を超えた神の様な? 

 そんな卓越した感動を無条件で与えてくれる、神秘の音色を奏でるのだった。

 それだけに、彼女は緊張に値する様々な場数を踏んで来た。

 今まで、何度も何度も自分の中からやって来るだろうプレッシャーと戦って来た……そう、重圧との連闘を続けた猛者であった筈だと言うのに……だ?


 何故、コンビニ店員にここまで緊張するのぉぉぉぉぉぉぉっっ!


 人生で、かつてここまでドキドキした事はあったか?

 魂が震える体験をした事があったか?

 八代里奈は秒で答えが出せる!

 ないっっっ! 

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