そうだ! 昔話をしよう!(11)
「それより亜明? お前は何をしに来た? 顔を見せに来ただけか?」
「妹が兄へと会いに行くのに、理由が必要ですか?」
「……いや、まぁ……別になくても構わないんだが……」
「大丈夫、大丈夫ですお兄様! 私もちゃんと目的があって来ました!」
そこまで答えた亜明は、間もなく近くの椅子に座っていた里奈を軽く指差してみせる。
「この女は誰ですか! お兄様の何だと言うのです? この女と一緒にいる目的があると言うのなら、この場で即座にハッキリと仰って下さい! 洗いざらい全てを!」
亜明は、眉をこれでもかと言わんばかりに釣り上げ、更に紅蓮のオーラを勢い良く噴射させていた。
放出と言うより噴射である。
正直、ここまでやるとコメディ漫画みたいだ。
「お前にはまだ話してなかったか?……まぁ良い。改めて簡単に紹介すると……まず、里奈は俺の嫁だ」
「………………は?」
「そして旅をしている。目的は自分探し……いや、嫁の良きる希望を見付けてた」
「いやいやいや………はい、うん、もう……いやいやいやいやっ!」
淡々と説明して行く雄太の言葉に、亜明は壊れかけのロボットみたいな返答をしていた。
語彙も滅茶苦茶である。
だってほとんど「いや」しか言ってないんだもの。
「期間は地球時間で100年。あるいは、嫁に生きる希望と言うか、目的が出来たら終了しようとしていた」
「え? 100年?……まだ82年も残っていると言うのですかっ!」
尚も淡泊な口調で説明だけして行く雄太の言葉を耳にし、亜明は顔を真っ青にして叫んだ。
里奈の言葉が二人の耳に転がって来たのは、ここから間もなくの事だった。
「いや、これでこの旅は終わっても良いと思っているよ」
「……え?」
里奈の言葉を耳にした雄太は瞳を大きく見開く。
余りに予想外の言葉に聞こえたからだ。
「だから、この旅はこれで終わりで良いんじゃないか? 私はもう、見付けたんだよ……生きる希望と、その目的をさ?」
思わずポカンとした顔になる雄太を前に、里奈は優美に瞳を細めて声を返した。
他方、亜明の機嫌は一気に回復する。
「そうですか、そうですか! 良かったですね! どんな希望を持ったのかは存じませんが、ここで会ったのも何かの縁です! 私のお兄様と遠からず縁があった方でもありますし? 何かお手伝い出来る事があるのでしたら、存分にお手伝い致しますわ!」
亜明は、瞳に南十字星を作りながらも里奈へとにじり寄り「私はあなたに誠心誠意尽くします!」って感じの看板を首から下げる様な露骨さで温和に声を吐き出していた。
かくも分かりやすい態度を里奈へと見せていたのは他でもない。
この調子だと、残り82年間は兄をこの女に独占させてしまうからだ。
亜明としては、可能な限り早く自分の元へと兄を取り戻したい!
あわよくば、今すぐこの場で自分だけのお兄様と言う、これまで通りの状態に戻したいのだ。
そして、もう二度と離れない!
今の様に、気紛れの散歩と称して18年も居なくなる様な真似は、今後一切! 空前の悲劇であり、絶後の悲哀でなければならない!
思った亜明は……自分でも無意識の内に、かなぁぁぁぁぁり必死になって里奈へと近付いていた。
雄太と里奈の旅が終わる条件は100年経過するか、里奈に生きる目的が生まれるか。
それなら亜明のやるべき事は一つ。
彼女の希望とやらを、その目的を生み出す為の手助けをしてやれば良いだけ。
果たして里奈は答えた。
満面の笑みを作って。
「亜明さん……で、良いかな? ともかく亜明さん。あなたはこの世界を創った宇宙意思だろう? 雄太が作った世界ではないとするのなら、なし崩し的にあなたが作った世界って事になる……そんなあなたであれば……いや、違うか? あなただからこそ、私の願いを叶えてくれるに違いない」
「これはこれはお目が高い! そう! この私こそが、地球を実に三十億年ぐらいの時間を掛けて創り出した創造主! 我ながら中々の力作だと思っております!」
ニコニコ笑顔で口を開いて行く里奈に、亜明は鼻高々と言わんばかりに胸を張って答えていた。
実際問題、亜明なりに地球の出来栄えを気に入っている。
比較対象が余りにも遠すぎる為、他の世界と比較した事はなかったが……しかし、それでも大手を振って他の宇宙意思へと宣言する事が出来る。
この世界が一番大好きだ!……と。
同時にそれは、里奈にも言えた。
この世界は……眼前にいる旦那の妹こと義妹が生み出した確かな世界は、他に存在するだろう無数の世界達より素晴らしく、楽しく……尊い。
そう……尊い。
胸が締め付けられるまでに。
心が揺り動かされて、全てを投じてしまいたくなるまでに。
心から思う。
私は……私は。
尊い愛のある家族が欲しい!
「私の生きる希望は、コイツ……私の旦那であり、その子供。だから、今の目標は……」
そこまで答えると、里奈は満面の笑みで亜明へと答えた。
「この地球上で人間として生きる事です」
「人間として?」
里奈の言葉に、亜明は小首を傾げた。
「はい、そうです。今の生活も決して悪くありません。だって、私の希望はこの旦那ですからね? でも、今のままでは永遠に目標を達成出来ませんから」
不思議そうな顔の亜明へと、里奈は笑みのまま声を返して行く。
「なるほど……あなたが意思であるのなら……そして、お兄様も同じ宇宙意思であるのなら、子供は産めませんねぇ。だって、必要ないのですもの」
亜明は、納得加減の声を吐き出した。