そうだ! 昔話をしよう!(7)
真っ先に雄太へと興味を持ったのは他でもない。
常に一緒だからだ。
海を越えるにしても、山を越えるにしても。
町を散策しても、村を訪れる時も。
船に乗っても、列車に乗っても、やっぱりいつも一緒だった。
こんな経験は密かにない。
これまであった経験は、広い広い宇宙にアテもなく漂い続けているだけだった。
互いに集まって何かをしようと言う考えには、早々至らないのだ。
厳密に言えば、たまに自分の親に値する存在や、同様に兄なり弟なりに値する存在が、気紛れで集まって来る事もあったが、そんな事があるのは数億年に一回程度だった。
かなり頻度が少ない様に見えるが、これでもまだ他の宇宙意思と比較すれば、顔を合わせているだけマシなレベル。
つまり、単独で存在している事が普通だった。
しかし、どうだろう?
雄太はいつも一緒だった。
最初は、地球と言う存在と、今の姿……人間と言う概念と知識をレクチャーする為に同行していた。
つまるに、このレクチャー期間が終われば、後は一人旅になる物だとばかり思っていたのだが……ある程度の知識を得た数か月が経過しても尚、雄太は里奈と一緒に旅を続けた。
どうして、コイツは私をこうも構うのだろう?
不思議で仕方ない。
しかしながら、拒む理由もないので、当面は一緒でも構わないか。
そう思い……一年が過ぎる。
気付けば、雄太は自分の隣にいるのが当たり前になっていた。
居るのが当然で、居ない方がおかしいとさえ思えてしまう。
不思議だ。
地球に来たばかりの頃は、そこに居ると言う認識が思考の片隅に生まれる程度の存在でしかなく、それ以下にも以上にもならなかった筈だと言うのに。
今では、一緒に居ない事を想像する方が難しい。
三年が経過。
たまに喧嘩もするけど、結果として互いに自分と言う者を本音でぶつける事が出来ていた。
きっと無意識なのだろうが「これだけは譲れない!」と言う、自分なりのこだわりと言う概念が、いつの間にか里奈の思考にも生まれていた。
そして、この感情によって「他人と雄太」の区分けにも繋がった。
……そう。
いつの間にか、雄太は「他人ではない誰か」になっていた。
地球の言葉を借りて表現するのであれば「家族」とでも言うべきか。
表向きで生み出された、設定上の夫婦と言う関係が、ある意味で設定「ではなくなった」頃が、この三年目辺りと言えた。
五年が経過すると、雄太にも心の変化が生まれた。
ここに来て、雄太は初めて学習した感情がある。
かつて、自分の分身に言われた「寂しい」と言う感情だ。
なんでこんな物が生まれたのか?
それは、パリの街外れにあった自動車整備工場にて、キャンピングカーもどきのトラックを作っていた時の事だ。
完全なるハンドメイドと言う事で、作成に時間が掛かる関係上、普段よりも長く滞在時間を取っていた雄太と里奈。
そんな二人は、とある音楽家と再会していた。
ドイツでヴァイオリンを弾くのが主なので、ヴァイオリニストと表現しても間違いはないのだが、趣味で作曲もしている為、作曲家としても少し名を残している。
総じて音楽家と形容するのが良いのかな?……と言える存在が、フランスまで遠征公演しに来ていたのだ。
果たして、偶然公演を見に行った雄太と里奈は……そこで、音楽家との再会を果たす。
そして、再会した音楽家は里奈をドイツに招こうと熱烈なアピールをみせた。
ちなみに、雄太はガン無視である。
一応、旦那と言う立場はあったのだが……まぁ、普通に無視されていた。
そしてなにより、里奈が結構乗り気だった。
華々しい楽団の世界に、大きな興味を示していた。
これは大きな大きな心の変革だった。
当初、なんの興味も示さなかったあの里奈が。
虚無しかない思考しか持ち合わせていなかった、あの里奈が。
心の成長を果たしていた事実を知り……ああ、そうかと一つの答えを出す雄太がいた。
もう、俺は必要ないのか。
この答えに至った時……雄太は知った。
ああ、これが寂しいと言う感情か。
時間にして、たったの五年。
何十億年と一緒に居た分身と比較すれば、瞬きにも等しい短い時間だった筈なのに……思った。
里奈と別れる事になるのは寂しいなぁ……と。
これまで一緒にいるのが当たり前だった。
旅をしながら、寝食を共にしながら、苦楽を共にしながら。
泣いたり笑ったり、怒ったり悲しんだり。
ずっとずっと、一切の例外なく一緒だった。
ただ、別れがやって来る事は知っていた。
約束では最長で100年。
その百年の内に、里奈が消滅しなくても良い状態……生きる為の目的を見付けてくれれば、それで目標が完了した。
今の里奈は十分、目標が完了したと言える。
旅が始まって五年。
雄太にとっては、予想以上に短い時間だった。
けれど、もう里奈は立派に生きる目的が生まれていて、自分の存在意義だって確立した。
きっと、ここからは新しい人生の第一歩を踏む事が出来るのだろう。
……そこに、自分が居ない事が、ただただ……寂しいだけで。