そうだ! これはスカウトだ!(10)
「……な、なんだよ……お前……こ、この僕に暴力を加えるつもりなのか?」
他方、ジンは顔を大きく歪めながらも声を吐き出していた。
声を発するのも辛うじて、どうにか口から絞り出していた……と言う感じではあったのだが。
果たして。
「そうだと言ったら、どうする?」
怒りの感情を一切隠す事なく言う雄太は、今にもジンを殴り飛ばす様な気迫を言霊に乗せていた。
ジンの精神は暗転する。
まさに絶望と言う名の奈落へと、無条件で叩き落された気分だ!
しかし、彼もまた譲れない。
何処からとなく生まれる無尽蔵の恐怖を強引に断ち切る様にし、飽くまで平静を装いながらも淡々と声を絞り出した。
「……貴様、誰に向かって物を言ってる? この僕に手を上げると言う事は、すなわち西帝国との戦争を意味するのだぞ?」
「なら、アンタの国を「俺が亡ぼす」と言ったら? どうするよ?」
怒りに任せて口を動かす雄太がいた時だった。
「やめて!」
リリアが叫んだ。
激しく……感情を昂らせた声で。
「リリア?……っ!」
直後、雄太は愕然となる。
背中に抱き着いていたリリアが素早く雄太の正面へとやって来た……その瞬間、雄太の瞳に映った彼女の顔には……大粒の涙が流れていた。
「やめて!……やめてよ雄太……私の為に帝国を亡ぼす? なに馬鹿な事言ってんの? そんな事したら、アンタ……死んじゃうんだよ! 大勢の人から恨まれて! その恨みの知名度がアンタを絶対に殺すよ!」
リリアは、金切り声にも近い勢いで……喚く様に叫んだ。
雄太は本気だった。
そして、宣言通りの事をする。
だが、仮に西側の帝国を滅ぼしたとするのなら、そこに流れる血は膨大だ。
幾万の躯が出来上がり、数えきれない程の悲劇を無秩序に生み出す。
……そう。
当時、戦災孤児として育った……両親も家もなくした子供時代のリリアの様な存在が、星の数に匹敵するまでに増えるのだ。
故に黙っては居られない!
自分が辿った追憶を掘り返せば、実にろくでもない。
一言で言うのなら「絶望」だ。
生きて大人になれたのが奇跡だとすら、今でも思う。
そして、悪夢と表現する事だって出来る。
今でもたまに悪夢として見る事があるのだから。
もはや強いトラウマとして根深くリリアの心に刻まれていると述べて相違ないだろう。
しかし、それでも尚……リリアにとって一番恐れている物ではない。
一番の恐怖……それは、雄太の死だ。
「嫌だよ……あたし……アンタが死ぬなんて、考えられないよ……」
言ってから、リリアは雄太の胸元にしがみつく形で収まり、瞳から沢山の涙を流して行く。
きっと、それはモラルに反した物だったに違いない。
きっと、それは常識の上で口にしては行けない物だったに違いない。
きっと……それは、人間として正しくない選択なのかも知れない。
それでも……だけど、やっぱり思う。
幾万の犠牲が出ても、星の数程生まれる悲劇が訪れても。
きっと、私は……ここまで涙を流す事が出来ない!
結局の所、雄太が死ぬ事だけは世界を敵に回しても嫌だった。
「大丈夫だよ、雄太……アンタがそんな事しなくても大丈夫。あたしが西のお偉いさんに付いて行けば、それで全部収まるから」
「……っ! リリア! 何を言って……」
泣き顔のまま……それでも雄太に向かって笑みを強引に作って答えたリリアに、雄太は愕然とした面持ちのまま声を返した時、
「そうですか! いやぁ……そう言って頂けると思いました!」
ここぞとばかりにジンが声を発して来た。
心底ホッとしましたよ……と言わんばかりの顔だった。
雄太の額に青筋が浮かぶ。
「こ、この……貴様ぁぁっ!」
「ご立腹ですか? 無名の冒険者さん?……あなたがどう思おうが勝手ですが、リリアさんは僕たちのサイドに付くと、みずから申し上げておりますよね? あなたはリリアさんの本意に反すると? 御立派な冒険者さんですねぇ?……さぞかし御高名な方なのでしょう?」
怒りで精神を覆いつくし兼ねない雄太がいる中、ジンは勝ち誇った顔を全面に押し出す形で高飛車に振舞った。
「どうでも良いが、銀髪野郎……アンタがあたしの雄太に、そこまでくっっっそふざけた態度を取ってるのなら、ソッコー蹴とばしてやっても構わないんだぞ? この話」
だが、間もなく角々しい形相で声を吐き出すリリアを見た所で、素早く手のひらを返して来た。
「あ……いえいえ……その、そこは申し訳ございませんでした! 僕も少し図に乗りました! 大変反省しております!」
ジンは素早く何度もリリアに向かって頭を下げてみせた。
どうやら、やっぱり赤髪の英雄様は怖いらしい。
それと同じ位……リリアが欲しい。
「それではリリアさん。早速、我がリル公爵家の元へと向かって頂けますか? 冒険者の移籍手続きや引っ越しの手配等は僕の部下に任せて置けば全て迅速に済ます事が出来ますから」
気が変わらない内に……一秒でも早く手元に置いておきたい。
欲を言うのであれば「自分の手札として」手元に。