そうだ! これはスカウトだ!(9)
「良いのではありませんか? リリア? きっとアナタの様な実力のある貴重な人材を求め、海越え山越え谷を越え……遠路遥々プラムくんだりまで御足労なさったのでしょうから。その熱意を買うのが人情ではありませんか? 私はそう思います」
必死に食い下がるジンが居た時、亜明がニコニコ笑顔のまま温和に声を吐き出して来た。
そんな亜明の表情は実に柔和だ。
もう、我が春を得たと言わんばかりだ!
「オイ……亜明。お前、このあたしが居なくなる事を心から喜んでるだろ?」
「いえいえ! とんでもございます! 真底歓喜しております! まさに僥倖!」
「テメー! 言葉がおかしいからな! つか、せめて嘘でも「とんでもない!」と言えよアホ!」
あたかも菩薩が舞い降りたかの様な満面の笑みで、周囲にキラキラを一杯飛ばしながら言う亜明を前に、怒りでダークマターっぽい謎の概念が身体から滲み出ていたリリアが、両手コブシをギュギュっと渾身の力で握り絞めながらも叫んでいた。
「私も賛成です。リリアさん居ないなら、私にもチャンスあるし」
少し間を置いてから、右手を上げたセシアが仄かに幸せそうな笑顔を作り、何処からとなくやって来る花をポコポコ生み出しながら、陽気に声を発していた。
そんな二人の姿を見て、ジンの表情にも笑顔が見られたのだが……しかし。
「リリアが行きたくないと言っているのなら、俺は賛同しかねるね」
微笑を浮かべるジンの前に立ち塞がる様な形で、雄太が声を発した。
表情はマジである。
元・万年平社員の顔とは思えないまでにマジ顔していた。
「……雄太」
呟いたリリアは、瞳を大きく見開いた。
自然と胸が高揚し……顔が火照った。
きっと、自分でも無意識なまでに頬が赤くなってしまう。
同時にリリアは思った。
やっぱり……あたし、雄太が好きだ!
今に始まった事ではないし、今後も変わらない事ではある。
でも、好き。
この言葉を……言霊を、ここで言いたい。
何故なら、この気持ちを……この瞬間があるからこそ、雄太を好きでいられる自分を気に入っているからだ。
他人を好きになるのなら、まず自分を好きで居たい……そう、感じているからだ。
「ふふふ!……ゆ~た! やっぱり雄太は雄太だね! 大好き!」
満面の笑みのまま答えたリリアは、ジンの正面に立ち塞がる様にして立っている雄太の背中から両腕を絡める様にして抱き着いてみせる。
この瞬間、亜明の怒りによって周囲に地鳴りが発生し、セシアの片眉が狂った様にピクピクと痙攣しまくったんだけど、取り敢えず余談程度にして置こう。
「僕はあなたとお話をしている訳ではありませんよ?……見る限り、プラムを拠点とする下級冒険者とお見受けしますが、どうでしょう?」
ジンはやんわりとした笑みを崩す事なく雄太へと答える。
実に堂々とした態度だった。
理由も簡素な物である。
四十過ぎのオッサンなのに、未だ下級冒険者でしかない無能な男だと思っていたからだ。
「そうですね、実際にその通りです。俺は無名の新人……しかも、この年で失業して再就職したばかりの新人ですよ。ハローワークで失業給付を受けてからでも良かったかなと、軽く後悔してる程度の小物です」
雄太は苦笑交じりに答える。
こっちの世界にハローワークがあるかどうかは分からないが、彼なりの本音だった。
そして、世間の評価も右ならえ。
世の中を震撼させるだけの活躍をしたとしても、雄太の評価は常に無名の新人どまりである。
そうしないと、生きて行く事が出来ないのだから。
故に、結果として……こうなる。
「はははは! そうですか? そうですよね! それなら御存知でしょう? あなたの様な名声の欠片もないド底辺の三下が、私に意見するなど百年早いと言う事実がある事に!」
ジンは心から嘲笑う様な態度を露骨に作って答えた。
恐らく意図的に高圧的な態度を取っているのだろう。
威圧し、自分の方が格上で……否、雲の上の存在である事実を大きく誇張する事で、相手を黙らせようとしていたのだ。
まさに権力を矢面へと露骨に出した姿と言える。
「否定はしませんよ……普段ならね」
言った雄太は、頭に右手を置き……くしゃっと髪を握りしめた。
「?……雄太?」
リリアはキョトンとした顔になった。
同時に感じる……怖い、と。
その怒りの矛先が……ベクトルの先にあるのはリリアではない事は分かっていたし、むしろリリアの為に怒っている事も分かる。
それだけに嬉しい気持ちも半分程度はあった……あったのだが、しかし。
「やめろよ、雄太……怒ってくれた気持ちだけ嬉しいからさ? だから、もう良いよ? ね?」
そうと答えたリリアは、抱きしめていた両腕の力を強めた。
無意識に強めた両腕は……大きく震えていた。
長い冒険者生活から得た本能からの恐怖が、リリアの両腕を無秩序に震わせていたのだ。